バラエティの立ち居振る舞いを学んだアイドル時代
――しかし、同時期に深夜のバラエティ番組発のユニットとしてアイドル活動も開始していますね。
声優がだんだんと楽しくなってきたタイミングで、アイドル活動を優先するためにアニメの仕事は一度ストップするという方針に……。
――あまり乗り気ではなかった?
いつ辞めても大丈夫ですと割り切って一生懸命やってました(笑)。だってお芝居がしたくてこの世界に入ったわけで、アイドルがしたかったわけじゃないですから。
まぁ鳴かず飛ばずで何年かやってすぐ解散してしまったんですけど。
――ということは、このアイドル時代は黒歴史?
公言できる黒歴史です(笑)。でもバラエティでの立ち居振る舞いはここで学べましたし、後にも先にもグループを組んだのはこの期間だけなので、その後の声優ユニットとしての活動にも活かされたと思います。
すべての経験が今につながっているので、まったく否定はしないです。
――そして2006年から本格的に声優活動を開始。
アイドルを畳んで、事務所から次は何をやりたいかを聞かれて、中途半端になってる声優業をやりたいって話をしたんです。
――舞台役者の夢は一旦置いておいた形ですか?
子役時代に舞台のオーディションに落ち続けていたし、アイドル時代は踊りが全然ダメ。ミュージカルは芝居、歌、踊りのすべてが揃ってないとできなから「今の私には舞台に出る実力がない」と気づいたんです。
技術的に今、舞台に挑戦しても無理だから、まずは自信をつけてからにしようと、気持ちを一旦胸に秘めておくことにしてました。もちろん声優業が自分に合ってることもわかっていたので、大切にしたい気持ちから本格的に声優業に力を入れてみようと思ったというのが一番ですが。
――ほどなくして『涼宮ハルヒの憂鬱』のハルヒ役で大ブレイク。一気に全国区の知名度になりました。
そこから5年くらいは本当に目まぐるして……。私は不器用だから一つひとつの役に時間をかけて役作りをしたいのですが、ありがたいこととはいえ出演アニメの本数が多いとそういうわけにもいかず。
大学も辞めなくちゃいけなくなり、体調不良も重なって事務所を辞める話が進んでいたタイミングでついに舞台のお話をいただいて。
――今ならいけるのではないかと。そこから事務所を移籍し、軸足は徐々に舞台へと移っていきます。当初は実力が足らないと思っていた舞台ですが、この世界でやっていけると思った瞬間は?
『レ・ミゼラブル』のオーディションを受けてみることにしたんです。「あのミュージカルの金字塔に私なんか絶対無理だ」と思ったんですけど、さまざまな経験をさせてもらえた今だからこそできる役や技術もあるはずだと思い、挑戦することにしました。
――そして、エポニーヌ役に抜擢されると。
今までさんざんオーディションに落ち続けてきただけに一番の自信になりました。その翌年(2014年)に初の帝国劇場主演を務めさせていただいた、世界初演の『レディ・ベス』もオーディションに受かり掴んだ役だったので、初めて0番(舞台の中心)に立てた瞬間、今までの試練はすべてこの時のために必要な経験だったんだと思えました。
遠回りとは言いませんが、本当にいろいろありました。すべての経験がこれだけ活かされる職業って役者くらいしかないんじゃないかなって思っています。














