遅かれ早かれ、この無理な合体は解消される

政治という営みは、心を通わせるだけでは成り立たない。毎日発行される新聞の印刷費をどう払うか、選挙のたびに動く数万人という組織をどう維持するか。そうした極めて現実的な問題を解決できて初めて、政策という実を結ぶことができる。

公明党は、この現実を嫌というほど知っている組織だ。だからこそ、相手が理想ばかりを語り、現実のお金の問題や組織の維持に疎い立憲民主党であれば、その協力関係はどこまでも脆いものになる。

市民運動の出身である立憲民主党の議員たちが、選挙中に何度も意見を変えようとし、公明党が決めてきた現実的な合意を壊そうとした姿は、政治のアマチュアと言わざるを得ない。組織を支える責任感や、一度決めた約束を守る重みを軽んじているように見えた。

二つの組織が本当に一つになるためには、単に名前を合わせるだけでなく、将来に対する同じ責任を背負わなければならない。

しかし、今の状況は「無理ゲー」という言葉がふさわしい。お金も足りず、若い世代からの信頼も得られず、高齢者の支持だけに頼り切っている。

公明党という高い技術を持つ組織がどれだけ努力しても、協力する相手が地に足の着いていない理想ばかりを追いかけていては、船は目的地に着く前に沈んでしまう。

〈中道解体待ったなし〉公明が頑なに「参院で合流しない」と決めた理由は結局カネだった…“無理ゲー” 連合に潜む資金の壁_5
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「単なる票の足し算だけで、新党の主張・理念が曖昧模糊(もこ)として分からない。それが国民から見放された」との見方を示した小沢一郎前衆院議員

この状況を見ていると、遅かれ早かれ、この無理な合体は解消される時が来るのではないかと思えてくる。組織というものは、生活や運営の基盤が重なり合って初めて強くなる。

それを持たない連合は、嵐が来ればすぐに壊れてしまう。私たちは、政治家の威勢のいい言葉だけでなく、その背後にある組織の仕組みや、歴史が教えてくれる教訓をもっと丁寧に観察する必要がある。

理想を語ることは誰にでもできるが、それを形にし、何十年も守り続けることは極めて困難な仕事だ。公明党が持っている「生き残るための知恵」を、単なるずる賢さと捉えるのではなく、責任を持って物事を進めるための切実な技術として再評価すべきではないだろうか。

立憲民主党の議員たちが、もし本気で国を良くしたいと願うのであれば、身内の熱狂に酔いしれるのをやめるべきだ。公明党のような歴史ある組織が、なぜこれほどまでにお金やメディアの管理にこだわり、現実を重視してきたのか、その理由を深く学ぶ必要がある。

政治の舞台裏にある「財布」や「新聞」の重みを知らずに、本当の意味で国民の生活を背負うことはできないからだ。

これから先、日本の政治がどのような道を辿るかはわからない。しかし、一つだけ確かなことは、地に足の着いた現実的な政策こそが、最後には人々の暮らしを救うということだ。

空想に逃げるのではなく、現実を直視し、その中で最善の結果を求めていく。そんな静かで力強い政治が行われることを、私は保守の一国民として切に願っている。

文/小倉健一