原作を超えた「替天行道」執筆シーン
――北方さんの『水滸伝』にはファンがたくさんいます。みなさん、織田さんには期待をしていると思うんですけど、プレッシャーは感じますか。
織田 ごめんなさい。小説と映像は別物だと思ってください。だって、勝てないですもん、小説には。
北方 違います。織田さんね、時に映像が原作を超える瞬間ってあるんですよ。
織田 いやいや。
北方 絶対ある。織田さんが筆で「替天行道」を書いているシーンは完全にそうですよ。私はあのシーンは小説に書いていないから。だから、あの部分は映像が原作を超えているんですよ。
織田 やったぁ! 褒められた(笑)。でも、僕もそうなんですけど、小説を読んでいるときは、自分の好みで登場人物のイメージを作って読むので、それには絶対に勝てないですね。
北方 小説は一人ひとりが頭の中でロードショーをやっているからね。映像はみんなが同じ映像を見るわけだから。そこから個人的に想像することなんかはあるだろうけど。
織田 大目に見てください。
北方 大丈夫ですよ。宋江のあだ名は「及時雨」。ここぞというときに降ってくる恵みの雨。それが織田さんの宋江にもありましたよ。
織田 及時雨。そうか、雨だから涙。宋江には実際に泣いているシーンはないんですけど、心で泣いているようなところがありますよね。
北方 宋江は人々の渇いた心の中に降る雨なんです。織田さんは本当に適役だったと思う。第一話の試写を見てそう思いました。
織田 本当ですか。よかった。この役、自分にできるのかっていう不安があったんです。いままでずっと前線で戦う役が多かったので、一歩引いたところで全体を見ている宋江を演じられるのかなと。
北方 宋江は物理的には戦わないけれど、存在感の戦いをしていますよ。存在感そのもので戦うわけだから、そりゃあ難しいでしょう。でも織田さんは見事にそれをされていると思いましたね。尊敬しましたよ。
織田 うわあ(笑)。そんなこと言っていただいて、何かいいお酒を一杯ご馳走したいくらいです。それで今日はもう、これで帰りたい(笑)。
――織田さんは、宋江という役を演じるうえで準備されたことはありますか。
織田 準備っていうほどじゃないですけど、監督が「おまえの字でいきたい」って言い出しちゃって。
北方 「替天行道」の字は、織田さんが実際に書いているんですね。
織田 無茶でしょ。
北方 監督の言葉を受けてあれだけ見事に書くというところなんですよ、すごいのは。たくさん練習したんでしょう。つまり、役者さんっていうのは頭の中で考えるんじゃなくて、筆を持った姿勢が物語るとか、手がその人物になって動くとか、そういう修練の積み重ねだと思う。練習して練習してやがてその手が動くようになる。これが芸なんだと私は思います。
織田 いやあ、難しかったですね。漢字だから意味は何となくわかるんですよ。でも、漢文だから日本語とはまた違うニュアンスだったりする。何行か書くうちに、次に書く文字を忘れちゃうんですよ。そのへんがセリフを覚えるのとはわけが違う。「うわ、出てこない、何だったっけ」ってことがありました。
北方 「替天行道」の「道」のしんにょうが、最後に勢いよく伸びますよね。
織田 あれは、書の監修の先生に、いかがなものかと言われたんですよ。
北方 いいんですよ。お手本があってその通りに書くわけじゃないんだから。私の友人に書道家の武田双雲がいて、文庫版の『水滸伝』の扉に登場人物の名前を揮毫してもらったんだけど、彼の書を思い出しました。まるで格闘技みたいにして書く男なんですよ。
織田 書道ってけっこう汗をかくんですよね。現場はものすごく寒くて、凍りつくようだったんですけど、僕だけカッカしていました。
北方 いいシーンですよ、本当に。
織田 気付いたらポスターになっていました。ポスター撮りをした覚えはないんです。休憩でーす、ってスタッフがいなくなったときに、僕だけ一人残ってそのまま書いていたらしいんですね。それをカメラマンが撮っていた。だから僕自身は気付いていないんです。非常に楽なポスター撮影でした(笑)。
北方 場所もすごいですよね。あんな所があるんだとびっくりした。後ろが谷みたいになっていましたよ。
織田 CGじゃないかって言われますけど、本当にある場所です。寒さで思い出しましたけど、今回の撮影で一番寒かったのは晁蓋のアジトですね。よく見るとみんな息が白い。日中のシーンなのに。
たまに思うんですよ。現実のほうが絶対に楽だって。なんでかっていうと、現実は一回きりだから、きついのも一回。撮影は長時間かけて、一回では終わらない。「これ、現実のほうが楽だな」と思うことが多々あるんです。
北方 小説も一回書けばいいんだから楽だな。
織田 いや、小説は0から1にしなきゃいけないっていう大変さがあるじゃないですか。1から2にする作業に比べたら比較にならない。
北方 0から1にするのは素質なんです。
織田 だから、できる人にしかできない。どういう素質が必要なんですか。
北方 噓をつく素質だね。
織田 そうですか? そんなこと言ったら、僕ら役者も噓つきですよ。
北方 噓の中にいかに真実を混ぜ込めるか。それが素質。
織田 なるほど。そうですね。
北方 表現における噓っていうのは、真実を含んでいる。真珠みたいにただ一粒の真実があればいい。映像でだって、いいかげんな演技をしていたら、ただの噓で終わってしまうでしょう。でも、そこから一粒の真珠をつまみ出した瞬間に、すべての噓が真実になる。それがものを表現する醍醐味なんです。
織田 僕もたまにありますね。芝居って噓なのに、「これ噓じゃないな」って思う瞬間が。そこで教わることがあったり、痛い思いをしたり。
北方 痛い思いもありますか。
織田 役者の世界は案外怖い世界でもあるのかなと思いますね。若松監督も真実を混ぜたくて、たまに僕たちに無茶振りをするんでしょうね。超苛酷な現場に役者を放り込むんです。今回、林冲が雪山で血だるまになっていたけど、十分ぐらいの長回しでなかなかカットの声がかからない。演じていた亀梨(和也)さんは大変だったと思いますよ。別の作品ですけど、僕も昔、雪山で強い風をぶわーっと当てられたことがあるんで。
北方 『ホワイトアウト』ですね。真保裕一原作の。
織田 そう、『ホワイトアウト』です。くわぁって顔があえいでいるんですけど、それをスローモーションで撮っていましたね。顔がどんどん凍っていくんですよ、本当に。あのときも原作小説は映像化不可能って言われていたんです。なぜかそういうのに当たるんですよ、僕。















