小説と台本から見えてきた史進
──『水滸伝』の第一回目の撮影を終えたばかりだそうですね。撮影に入る前に準備されたことはありますか。
まずは小説と台本を読むことですね。漫画だと登場人物の表情まで描いてあるので役をイメージしやすいんですが、逆に言えば先入観になってしまう。今回は小説と台本、つまり文字だけから想像して史進のキャラクターをつくり上げようと思いました。31歳の役者として、イメージをふくらませるところから役づくりをしてみたくて。漫画は撮影後に楽しむつもりです。
──小説と台本を読まれて史進の印象はどうでしたか。
役柄の説明を受けた時には、ばか強い若者。でも幼心も持っている、真っすぐな青年だと聞いていました。
小説と台本を読んでいてもその印象は変わりませんでしたね。史進は本当に真っすぐなんです。分からないことがあったらなんでも素直に聞くようなタイプ。何で? どうして? って。そういう子どもみたいなところがある、教えてほしい若者なんですよ。でも周りに真剣に向き合ってくれる大人がいなかったから、どんどん乱暴者になっていった。
父親がお金で雇った先生たちは、史進を褒めそやすだけで、手を焼くことがあっても叱ったりはしない。史進は本当の「師」がずっと欲しかったと思うんです。自分を叱ってくれて、どんな質問にも真剣に答えてくれる本当の師が。王進先生はまさに理想の師。史進は、王進先生のような人を求めていた若者なんです。
──乱暴者なんだけど、おぼっちゃまなんですよね。
現代でもいますよね? そういう人って。恵まれて育ってるのにヤンチャしてるみたいな。
でも、父親の史礼には反抗していないんです。金で雇われた先生たちに反抗している。お金のためじゃなくて、本気で自分と向き合ってくれているのか、と史進は言いたかったんだと思いますね。
史進が「入ってきた」シーン
──撮影はどうでしたか。
自分なりに準備はしましたが、撮影現場に入らないと役の本当のところはわからないというのが本音です。いざ衣装を着て、長い髪のかつらを被り、セットに入るという状況になって初めてわかることがあって。相手の方がどんなお芝居をされるのかでも変わってきますから。
キャラクターをつかむってすごく難しいんですよ。お芝居の神様がいるとしたら、ワンシーン目から僕にキャラクターを血液として流し込んでください、と思っているぐらいです。
でも、自分で言うのも何ですけど、今回はワンシーン目から、「あ、史進が流れ込んできたな」という瞬間があったんです。「史進が身体に住んでる!」と思えたんですよ。
──最初のシーンはどんなシーンだったんですか。
史進の家にゴロツキたちが殴り込んでくるシーンですね。その場には王進先生(演:佐藤浩市)のほか、史進の父の史礼(演:田中健)、王母様(演:丘みつ子)もいるシーンでした。監督の若松(節朗)さんからは「気が狂ったように絶叫して入ってきてほしい」と言われていました。
監督から、殺陣をつけてくださっているアクションコーディネーターの諸鍛冶(裕太)さんに、史進のアクションを増やして、向かってくるやつに思い切り飛び蹴りしてくれ、という注文があったりして、いきなり派手なシーンになりましたね。
いざやってみたら、雄叫びが「うわー!」じゃなくて、「うえー!!」ってなってたんですよ、自然に。「とち狂ってんな、俺」という感じで(笑)、自分でも演じながら心の中で笑ってました。
──最初からテンションが高いシーンだったんですね。原作小説では
もうひとつ、雄叫びがあがった。上半身が裸の、大柄な若者が飛びこんできた。躰には、竜の入墨がいくつもある。棒を構えていた(p.55)
とあります。映像でどう描かれているのか楽しみです。
最初がそのシーンでよかったんです。王母様から字を習うシーンの撮影もあったんですが、そちらが「静」だとすれば、アクションシーンは「動」。先に「動」を演じられたことで、史進を自然にかたどっていくことができました。絶叫しながら飛び蹴りした時に「あ、史進が流れ込んできてくれた」と。そこからは流れに身を任せて演じることができました。













