土地はだれのものか

田中 そのときにすごく大事なのは、土地は誰のものかという問題をどう考えるかです。ちょっと前まで日本には入会地(村落が管理する共同保有が認められた土地)があちこちにありましたね。農業って入会地なしでは成り立たないんです。

青木 たしかにそうですね。

田中 ここは私の田んぼですと所有権を表明するのはいいとしても、それを維持するのに必要なものは里山や奥山から取ってこなきゃならない。たきぎ一つだって、山に行かないと手に入らない。ここは誰々の持ち物なんて言っていられないわけです。

だから、入会地がバックボーンで支えて農業が成り立つわけでしょう。なので、私有という考え方を厳密にしたり、法律で縛るということになると、農業が成り立たなくなるんですよ。今でも所有者が誰か分からないようなところがいっぱいある。でも、それでいいわけです。ただ問題は、今は所有者が分からないという理由で手をつけられずに、どうにもならなくなっていること。そういう資源を共有して役立てていこうということですね。

青木 入会地も明らかに社会的共通資本でありコモンですよね。

田中 コモンですが、コミュニズムとはまた、違う。それを守ったり管理するのを国家体制の中で何とかしようという話じゃなくて、国ではない単位だというのがすごく大事なんですよ。このコモンズに気がついている人たちは、もっと小さい単位で動くコミュニティだと言っていますよね。

青木 それは国家の統治機構の一部として官僚的に管理されてはならないという、まさに宇沢さんが指摘した通りでもありますね。また、入会地などと同様、里山や奥山が大事だというお話にも深く納得します。今作で僕も触れましたが、各地に古くからある山岳信仰などにしても、もともとは田畑に必須不可欠な水の恵みなどをもたらしてくれる山々への敬意や畏怖が土台となった面があって、生粋の農民だった文雄さんも出羽三山参りに毎年行くのを楽しみにしていたそうです。

なのに、その里山や奥山が原発事故で汚染され、長期の避難指示で共同体も破壊されてしまいました。先ほども少し話しましたが、飯舘村の住民帰還率は今なお20%余ほどにとどまっています。その多くが高齢者とみられ、僕が長く取材した大久保美江子さんにしても、あるいは他の村人にしても、「私たちの代で村はなくなってしまうのではないか」と不安を漏らしています。

ただ一方、優子さんがおっしゃった水俣のような動きの萌芽も、あることはあるんです。福島の被災地をあちこち巡っていると、災害支援のボランティアでやってきた若者が農業や果樹栽培などに従事したり、元官僚が街づくりに取り組んだりしているケースもあって、僕も取材で話を聞いてきました。

田中 そうですか。そういう方たちがいらっしゃるのは心強いですね。

青木 ただ、それはやはり圧倒的な少数派です。また、これは僕などが指摘するまでもなく、複数の原子炉がメルトダウンする破滅的事故を起こした福島第一原発では、原子炉内に溶け落ちた大量の燃料デブリなどが残されていて、その取り出し方法の目処(めど)すらつかず、本当にすべてを取り出せるかさえわからない。さらにいえば、仮に取り出せたとしても、それをいったいどこに持っていくのかも決まっていない。

つまり、何も終わっていないどころか、何もはじまってさえいないような状況なのに、政権や政府は原発回帰路線へと完全に舵を切り、各地で原発再稼働が進み、果ては新増設までが語られはじめました。僕を含め、誰もが「東日本壊滅」すらありえると凍りついた3・11からわずか15年でこうなってしまうのかと、もう忘れてしまったのかと、正直言って僕は絶望的な気持ちになります。

そして、事故で破壊されたコミュニティや共同体は元に戻りません。飯舘村はもちろんですが、原発が立地していた双葉町や大熊町などはさらに状況が厳しく、住民帰還率は実に数%程度にとどまっていますからね。

田中 災害の後に、何か新しいコミュニティができてくればよかったけれど、あそこを離れなければならなかった人たちに、それはできなかった。むしろほかの土地でどう暮らしていくかで必死だったと思います。原発再稼働も始まるわけなので、同じことの繰り返しだという青木さんの絶望はよくわかります。だけど、だとしてもここで何が起こったかを書いていかなきゃならない。谷中だってみんな散り散りになって空っぽになり、全然復興しなかったけれど、誰かが書いているということがすごく重要なんですよ