食料・医療・教育は市場経済と切り離せ
青木 内田さんにお目にかかったらぜひ伺いたかったのが「境界線を守る」という指摘です。内田さんは近著のなかで「野生のもの、人間とは違う世界のものとの境界線だけが人間に恵みをもたらす」と書かれています。つまり「原生林の中では生きていけないし、コンクリートの都会の中では食べるものは作れない」「食べられる農産物も、飲める水も、それを生み出すのは野生と文明のフロントラインだ」と。
これについても僕の今作における大きなテーマでもありました。福島の飯舘村は、ありていに言えば「何もない村」ですが、僕にはとても豊かな村に見えたし、まさに内田さんのいう「境界線」であり「フロントライン」だった。それが世界最悪級の原発事故によって無惨に破壊されてしまった。言葉を換えれば、コンクリートに囲まれた都市文明が、それを支えてくれている「境界線」を破壊してしまったわけです。そして102歳で自死した大久保文雄さんも、全生涯をかけてまさにそれを支えてきた生粋の農民でした。
僕はもともと信州・長野の出身で、母の実家が農家でもありますから、高校を卒業して以来はずっと都市部で暮らしてはいますが、「境界線」の実情と雰囲気は多少わかります。その大切な「境界線」にいま何が起きているか、人間の生存に必須な食料や水を供給してくれる「フロントライン」をどう立て直していくか、そんなお話しを聞きたいとも思っているんです。
内田 少し前に書いたのが、JAの農協新聞の新年号に載せる食料政策についてです。もちろん食料政策の最優先課題は「自給自足」です。とにかく、食については、自給自足が原則です。でも、農業は営利事業としてはもう採算がまったく合わないものになっている。
それでも農業を成り立たせるためには農家を政府が保護しなければいけない。EU諸国だって、政府が農家を守っている。市場に委ねてしまったら、小規模農家なんて生きていけない。それは世界中どこでも同じです。でも、食の自給自足は立国の基本です。だから、農業を市場経済と切り離して守っている。
ふつうの商品は、自動車でもコンピュータでも、輸入が途絶しても、別にそれで死ぬわけじゃない。でも、食料の供給が途絶えたら、人は餓死します。エネルギーと食料と医療と教育は、自前で何とかするのが基本です。難しいことですけれど、それを目指すしかない。
青木 安全保障のために防衛費を倍増しろと勇ましく吠え、いくら武器やミサイルを増やしたって、食料が途絶すれば人間は生きていけない。仮に有事になれば、あっという間に飢え死にしてしまう。当たり前のことですよね。なのにこの国の食料自給率は、周知のとおりカロリーベースでは40パーセントを切ってしまっていますから、真の意味の安全保障面でこれほど脆弱な国は、いわゆる先進国では珍しいでしょう。
内田 医療材料がいい例です。コロナのときに、アメリカは、マスクや防護服や検査キットのようなシンプルなものは全部海外にアウトソースしていた。必要なものは「必要なときに、必要なだけ、市場で調達すればいい」というふうに考えるのがクレバーな経営者だと思われていた。「在庫ゼロ」を自慢していた。ところが、いざ必要な時になったら、いくら金を積んでも市場では調達できずに、医療崩壊してたくさん人が死んだ。ほんとうに必要なものは市場に委ねてはいけないということです。















