AIをきっかけに、会話が広がっていく
AIと一緒に料理しているときの子どもの様子を見ていると、「これ、AIに聞いてみよう」と自分から提案してくるし、返ってきた答えを見て「え、こんなのもあるんだ!」と目を輝かせる。
そのあと「でも本当にこれでいいかな」と一緒に考える時間が生まれる。AIが出した答えをそのまま受け入れるのではなく、それをきっかけに会話が広がっていく。我が家にとってのAIは答えを与えるというより、会話が始まるきっかけになることが多い。
批判の声に圧倒されそうになっていたけれど、温かい声も届いていた。「参考になりました」「視野が広がりました」「うちでも試してみます」—まったく知らない誰かが、私たちの取り組みに何かを感じてくれていた。
もちろん、温かい声だから正しいとか、批判だから間違いだとか、そういう単純な話ではない。ただ、いろいろな意見があるなかで、参考になったと言ってくれる人は「AIを使って何をしているか」を見てくれていたように感じた。
私がAIを使うのは、「AIに任せて終わり」にするためではない。AIに任せられる部分を任せることで生まれた時間と余裕を使って、子どもともっと話したり、一緒に考えたりする。それが、私にとっての「AI活用」だ。
子育てにAIを使うことは、悪いことなのか。今の私なりの答えは——親としての判断や関わりを手放さないかぎり、AIは「丸投げ」ではなく「分担」になりうる、ということ。
AIに献立を考えてもらっても、最終的に作るのは私。子どもが食べられるか判断するのも私。AIに調べ学習を手伝ってもらっても、「これって本当かな」と話し合うのは私。結局のところ、責任を持つのは親である私自身で、AIはその判断を助けてくれる存在でしかない。
もちろん、この線引きが正しいのかどうか、私自身も手探りで考え続けている。すべての家庭に当てはまる正解があるとは思っていない。
余裕があるから、穏やかに子どもと向き合える
炎上を経て、私が思ったことがある。他人が何と言おうと、私はこの「余白」を手放したくない。AIを使うことで生まれた時間と心の余裕。それがあるから、子どもの話をちゃんと聞ける。自分の思考を深められる。家族に穏やかに接することができる。
私自身、余裕がなくなると、つい子どもに厳しく当たってしまったり、話を最後まで聞けなかったりする。そうならないための一つの工夫として、私はAIを使っている。理想の親になりたいわけではない。ただ、できるだけ穏やかに、子どもたちと向き合い続けたい。そのために使える道具があるなら、使ってみたい。それだけのことだ。
批判する人もいる。理解してくれない人もいる。その中には、私がまだ気づいていない大切な視点もあるのかもしれない。でも、参考になったと言ってくれる人もいる。すべての答えを持っているわけではないけれど、必要としてくれる人に届けばいい—そう思いながら、これからも発信を続けていきたい。
文/宮崎真理 写真/PhotoAC













