妻・新垣結衣との生活も垣間見える「沖縄の人の温かさに包まれて暮らして」
その行く先々でそれぞれが好きな音楽を紹介し合い、それをただ聴いていく。ゆったり心地良い時間が流れる。確かに音楽はその風景に溶け込み、少し違った味わいで耳に入ってくる。
番組の最後には、「本日のプレイリスト」として流れた曲が一覧で表示されるのも気がきいている。
そして、第4回の舞台は沖縄だった。
星野が何かと「縁がある」と説明するが、松重が「沖縄の人の温かさに包まれて暮らしてるわけだからね」と、星野の妻・新垣結衣を想起させる一言を投げかける。星野は照れながらも、「そうなんですよね」と満面の笑みを浮かべた。
海の見えるカフェや琉球ガラス工房をめぐった2人は、中庭で沖縄料理を味わえる店へ移動。そこで沖縄の伝統音楽・カチャーシーを代表する「唐船ドーイ」を流しながら、星野は20歳から約3年間、沖縄居酒屋でアルバイトをしていたころを回想した。
「マスターが料理作って、僕がお酒作って。で、ラストオーダーを終えると、『源ちゃん、まかない作って』って言われて、僕はゴーヤチャンプルーを作って、マスターはお客さんとこ行って三線弾くんですよ」
このマスターは、2021年に亡くなってしまったが、星野に大きな影響を与えた人物であることが、自身のエッセイ『いのちの車窓から2』につづられている。
まかない作りを任されるようになったのは、バイトを始めて2年ほど経ったころ。しかしマスターは「いつも見てるんだからわかるだろうに」と、作り方を教えてくれなかった。記憶を頼りに作ると「だめだこりゃ!」と爆笑される。改めて手順を見せてもらっても、自分のやり方と同じに見える。違いを問うと、返ってきた答えはこうだった。
「愛だな、愛が足りない」
それ以来、星野はマスターの調理を注意深く観察するようになる。やがて星野の作ったまかないを食べたマスターは、「お、いいじゃん」と認めたという。
「教わったのはチャンプルーの作り方だけではなく、物事を観察する力、人を見る力だった」(『いのちの車窓から2』)


















