誰もが知るチャップマンになって満足している
──手紙のやりとりをあるとき中止します。何があったのでしょうか?
チャップマンの手書きの英文はなかなか味のある筆跡でした。インタビューをOKすると言ってくれて、私に好意を持っている感じも伝わってきて、何通かやりとりしたんです。ところがあるとき、「写真を送れ」と言われて怖くなったんです。
──しかし2018年に青木さんが再び手紙を出すと事態が動き出す。ただ、初めてチャップマンと会う直前には、逡巡されていますね。「個人的に会うとなると、殺害を許容することになるのではないか」と。
ものすごく迷いました。でも、会ってみないと何も始まらない。長年の疑問を直接ぶつけたい。その気持ちが勝りましたね。
実際に会うと、愛想がよく、頭の回転も速く、淀みなくしゃべるんです。30年以上前に私が手紙を出したことを「覚えている」とも言って。あの大きな事件と、目の前にいる人が、結びつかない気がしました。
ただ、キリスト教右派の熱心な信者なので、話はキリストの話になってその話に熱中する。うまく話を戻すのに苦労しました。
──ジョン・レノンとチャップマンを結び付けた様々な背景を独自の取材で浮き上がらせていきます。キリスト教、ジョン・レノンへの愛憎、何者かになりたい欲求……。インタビューを通して、腑に落ちたことは何でしたか?
一つには「あなたは欲しいものを手に入れたんですか」と聞いたんです。彼は長い沈黙の後で「ある意味では、イエス」と答えました。マーク・デイヴィッド・チャップマンという、誰もが知る名前を手に入れたということです。
無名でいるより、刑務所の中にいても誰もが知るチャップマンになって満足しているということです。
一方で彼は、神によって、自分はチャップマンとは別の人生を与えられたとも言いました。日本人には分かりにくいかもしれませんが、キリスト教が魂の転機をもたらしてくれたと言うんですね。
彼はキリスト教のなかでも福音派に属するのですが、福音派の多い地域は「バイブル・ベルト」と呼ばれる一帯で、いま、トランプ大統領の支持母体になっています。そういう意味で、現在につながる問題でもあるのです。
──妻・グローリアにも長期にわたって取材をしています。事件後、チャップマンは離婚をすすめるも応じなかったグローリアさんの存在は、とても大きいと感じました。
彼女は幼いころに小児麻痺を患っているんです。痛みを抱えて生きてきたから、チャップマンの心の痛みを理解できると言いました。そういう二人が偶然出会い、互いの傷みを理解してずっと愛し合っている。ここにも一つのラヴ・ストーリーがあると思いました。













