日本が世界一になれる「木工」の手しごと

 それはアメリカ留学での授業中、自分の国の「消費のあり方」をテーマにピッチ(短いプレゼン)をしたときのこと。僕は日本の伝統工藝を引き合いに出し、「使うほどに味わいが深まり、経年によって愛着が増す」――そんな価値観を紹介した。つまり、「経年劣化」ではなく「経年美化」である。するとその考え方は、最先端の思想を学ぶアメリカの学生たちや教授に驚くほど強く響いた。「それってすごく進んだ考え方だね」「サステナブルで素敵だ」といわれ、工藝は「古き良き日本の文化」ではなく「新しい世界の思想」として受け止められた。これは僕にとって、伝統工藝に対する価値観が反転する決定的な出来事だった。(『なぜ日本の手しごとが世界を変えるのか』塚原龍雲・集英社新書より)

塚原 松岡さんとの御縁を最初にいただいたのは、本にも出てくる家紋の職人さんとお話をしている中で、「すばらしい家具の職人さんがいらっしゃる」というお話だったんです。実は「家具職人」って、当時の僕が考えていた「伝統工藝」のカテゴリーからするとちょっと遠かったのですが、せっかくの御縁なので、「まずは実家の家具を買ってみよう」と思いました。

そこで松岡さんの工房の直営店である「KOMAショップ」の杉並本店に行きまして、ショップで応対していただいたスタッフとお話をさせていただいて、事情を説明したら、「親方と話が合いそうだから工房に来てみますか」みたいな流れになって。僕、そのとき「親方」と聞いてすごい怖くなっちゃって。(笑)それまでの伝統工藝の職人さんで「親方」ってあまり聞いたことがなかったので、最初は面食らいました。

そうして工房でお会いして、後日すぐにお食事に誘っていただいたんですよね。そこがKOMAの特注の椅子を使っている立川のレストランで、いろいろとお話をさせていただいているうちに、「何か一緒にできそうだね」という話になり、その後僕の会社のKASASAGIでも空間プロデュースのしごとを始めるようになって、「空間のおしごとで御一緒できたらいいですね」というところから、おしごとの御縁もつながっていったというのが最初です。

本にも書きましたが、KASASAGIオフィスの家具もすべてKOMAにお任せして作っていただいたもので、滑らかな美しさと手触り感は、KOMAにしかできないものだと日々実感しています。「神代欅」という、灰や土砂に1000年以上埋まっていた希少価値の高い欅も譲っていただき、一枚板のテーブルとして使わせていただいています。

家具工房で一番最初に行ったのがKOMAだったので、失礼ながら他も見ないとわからないと思い、その後も各地の家具工房を巡らせていただいたのですが、ここまで込み入った手しごとで家具をつくっている工房ってほぼなくて、あったとしても一人で作家として製作しているような状況でした。メーカーとして一定の数をつくりながら、作品のクオリティーでものをつくっていくという工房は、日本に他にはないのではないか。現在、KASASAGIの工藝建築を設計させていただくときは、KOMAの家具を提案させてもらっています。

松岡 大ちゃん(※塚原さんの本名)は俺の娘と同い年だけど、若いとかどうのこうのというよりは、年齢に関係なくすごいスケールの大きなことを考えている人だなと思った。あとは人のつながりをすごく大事にしている人だなと。この二つですね、最初に思ったのは。だから今、自分たちがKOMAという会社をやっているけど、KOMAという会社だけではできないことを、もし一緒に絡んだら、違うベクトルのスケールというか、そういうところで何か面白い展開を見させてくれそうだなと思いました。かつ一度出会った人をすごく大事にする姿勢が見えるから、安心感というか信頼感というか、そういうものを最初に、本当に出会った最初の最初に感じました。

家具職人の松岡茂樹氏
家具職人の松岡茂樹氏

塚原 いや、もう恐縮です! 松岡さんには工房やお酒の席で、毎回いろいろなお話を聞かせていただいていて……。

松岡 酔っ払っているから何も覚えていないんだ(笑)。楽しかったなとかは覚えているけど。

塚原 毎回べろべろ(笑)。それでも印象に残っているのは、「日本が世界一になれるものづくりって、木工じゃないか」みたいなお話をされていて。「それは何故ですか?」と聞いたら、「やっぱり刃がいいからだよ」と。道具の刃が日本のものはすごくいいからというお話をされていて、鉋を含めていろいろな道具の刃があって、鉋だけでも大きなものから小さなものまで何種類もあって、それらを全て使いこなして製作しているというお話が強く印象に残っています。

そして「cocoda chair」。僕たちがいま腰掛けている、松岡さんしかつくれないKOMAの椅子ですが、同じ形を目指してつくっていくものの、一個一個木の個性があるので、刃で木を一周削っていく間に、ひとつひとつの木の個性を覚えていくのだと。

そうして木目が変わる瞬間に、「ああ、この木はここで目が変わるんだ」と気づきながら臨機応変に削る方向を変えているというお話をされていました。松岡さんは「椅子」という同じ形のものをつくっているけれど、一個一個個性の違う木と向き合って、それと対話をしながら形づくっている。あと面白いなと思ったのが、「うまくいくときは素早くパッとうまくいくけど、駄目なときは時間をかけても何をやっても駄目」というお話です。