熟練職人が作業中に考えているのは「今晩の献立」?

こうした「他力本願」の考え方は誰もが書物を通した知識として得ることができる。しかし、僕自身が単なる知識を超えてそれを実感できるようになったのは、全国各地の職人さんを訪ねて回る経験をしてからのことだ。

当初、僕は製作中の職人さんたちに「いま何を考えながら作っていますか」とよく尋ねていた。純粋な好奇心もあったけれど、「ここにこだわっています」と話してくれたら、自分たちがその工藝品を扱う際の売り文句になるのでは、という下心もあった。

でも、いいモノを作っている職人さんほど、作っている最中は本当に何も考えていないようなのだ。あるいは今晩の献立だとか、娘とけんかしたこととか、こういっては失礼だが、めちゃくちゃどうでもいい答えが返ってくることも多い。

写真はイメージです 写真/Shutterstock
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不思議に思い、とうとうあるとき、瀬戸焼の熟練の職人さんに「どうしてそんなに何にも考えずにものづくりしているんですか?」と聞いてしまった。するとその老職人は「多分、自転車に乗る感覚と似ている」と答えてくれた。

自転車というのは、乗り始めは左右のバランスの取り方や、ぐらぐらしないペダルの漕ぎ方など、乗るための技術についていろいろと頭で考えながら乗ってしまう。しかし慣れてくると、ながらスマホもできるくらい(できても絶対やめましょう!)、意識せず乗りこなせてしまう。

これを伝統工藝に置き換えると、日々の反復運動を通して「右だ」「左だ」と考えるレベルの頭の支配を離れ、手が勝手に動いている状態だろうか。