私にできる小さなこととして、日本の人たちに伝えたかった

――軍事クーデターが起きたミャンマーをリアルタイムで綴った記録でもある、西方さんの著書『ミャンマー、優しい市民はなぜ武器を手にしたのか』。西方さんご自身が「情報を発信しなければ」と思われたのは、どのようなきっかけだったのでしょうか。

西方ちひろ(以下、同) クーデター直後は、「私は無事です」とSNSに書き込む程度の発信でした。ですが、クーデターによる軍事独裁を止めようと必死で闘う人々の姿を見るうちに、彼らの思いを伝えなければならないと感じるようになりました。本当にすさまじい数の人々が、毎日ミャンマーの国じゅうでデモに参加し、必死に声を上げていたのです。

ミャンマーの人々も、何が起きているか「日本に伝えて」と言っていました。デモの際に掲げられるプラカードも、多くがミャンマー語ではなく、英語で書かれていました。デモの様子が海外に報道されたときに、映像を見た外国の人たちに彼らの思いが伝わるように、英語のメッセージを掲げていたのです。

――デモの目的は、海外の世論に働きかけることでもあったのですね。

はい。軍はクーデターで司法・立法・行政など全ての権力を握っていたので、どれだけの人がデモをしても、それで軍政が倒れるわけではない、ということは皆わかっています。それでも、非暴力で抵抗を続ける自分たちの姿が海外に発信され、国外の人たちが味方になってくれるということに希望を繋いでいたのです。その思いを聞いた以上、私にできる小さなこととして、日本の人たちに伝えなければいけないと思いました。

西方ちひろ氏(撮影/集英社オンライン)
西方ちひろ氏(撮影/集英社オンライン)
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――ご自身の安全への懸念もあったかと思います。

そうですね。ですから最初は個人のアカウントから発信していましたが、正体を隠した別のアカウントでの発信に切り替えました。テレビの取材を受けた際も、モザイクをかけ、声も変えてもらいました。反軍政運動を応援するような発信がもし軍の目についてしまったら、私だけでなく、私の友人や同僚が軍に拘束されたり嫌がらせを受けたりする危険があると考えたからです。