「KASASAGI」と「tefutefu」の文化起業的挑戦
塚原 僕たちの会社「KASASAGI」は、主に現代の職人さんたちがつくりだす日本の伝統工芸を扱っています。彼らが手がける工芸品を販売するのと同時に、その技術を活かした建築設計や空間プロデュースも手がけています。つまり、建物に伝統工芸を入れるというのをやっているんです。
森 それ、興味があります!
塚原 嬉しいです! こうした取り組みも試行錯誤や、それこそ素晴らしいご縁をいただいてできるようになったのですが、もともと僕らはモノだけにこだわっていなかったというのもあります。いま「工芸」と聞くと、多くの方はまずオブジェクト(モノ)としての工芸品や、それらを生み出す技術を思い浮かべると思います。でも、僕たちが大事にしているのは工芸という精神性や姿勢、さらに言えばそこにある思想じゃないかと思うんです。
僕はこの5年間で日本を9周ぐらい回り、ずっと全国の職人さんたちを訪ね、彼らのお住まいに泊めてもらうなどして暮らしてきました。だから工芸というとまず、そうした職人さんの生きざまが想起されるんです。彼らは自然を相手に、自然のリズムと共に生きています。
例えば森さんの「tefutefu」では漆塗りの「SUITŌ」をプロデュースしていますよね。あれも「漆よ……注文がいっぱい入ったから、早く乾け!」と祈ってもそうはいかないじゃないですか。職人さんたちは、そうした自然のリズムでしかできないものづくりを日々しています。大変な一方で、それってすごく健康的で人間らしい暮らしなのではと、彼らと過ごす日々を通じて強く感じるようになりました。
これはデザインや技術などの見えやすい部分だけでなく、工芸の持つ内向的な精神性の部分や価値観にこそ、目を向けてみることが重要だと思います。そして森さんもおそらく、そうした価値観がこれからの社会において大切だとお考えなのではないでしょうか。僕もそこには、勝手ながらすごく共感します。さらに言えば、それが西洋の資本主義の考え方に対抗する考え方なんだ! という感じではなく、現代の都市生活とも調和するあり方を目指しておられるように感じます。
便利なものは便利なものとして受け入れつつ、従来の資本主義の行き詰まりに対するカンフル剤、または潤滑油として、日本の工芸や手しごとの本質が生きてくるのではないか。今回書いた本ではこうした発想を出発点にしています。だから、伝統工芸の本ですが技術やフォーム(かたち)の話はあまり書いていなくて(笑)。それよりも、職人さんたちとの出会いを通じて見つけた、考え方や生き方についての言葉が多くなりました。
森 私の場合も、色々な出会いや経験からこうした取り組みに至ったと感じています。ファッション産業は本当に移り変わりが激しい世界ですが、自分が何かをまとうときに感じるときめきや、自分の内側の豊かさ、さらに持続可能な豊かさなどが、目に見えない部分でどう影響してくるかも大切にしたい。一過性の喜びで終わってしまうものもあれば、暮らしの中でじっくり育まれ、温まっていくものもある。これまでは、そうしたことと人の幸福度との関係などを、自分自身の体験を通じて試行錯誤していたような感じでした。
モデルとして美というものを考える上でも、年齢を重ねるなかで以前とはまた違う、持続可能な美しさとは何かと考え始めますね。私はモデルという職業が好きで、美というものに対して好奇心が強いので、その先にある「タイムレスな美とは何だろう」という問いは気になっています。
価値観の話でいうと、仕事で訪れる各国や、発展途上国を支援する国際NGOの取り組みにご一緒した縁で、これまで様々な場所を訪れる機会もありました。これは安易に単純化できませんが、例えば私たちから見たとき「発展途上」とされる場所は、もちろん大変なこともあるけれど、そこにも先進国とされる場所とは異なる豊かさはあるように感じることがあります。それは私が生まれ育った東京のように、いろんな意味で豊かな場所では忘れてしまうものに気づくきっかけにもなりました。
そして、いまはまだまだ勉強中ですが、日本で育まれてきたハイコンテクストな美学は、人が生きる上での美しさと強く関わっていると感じています。ですから、様々な地域の文化的背景に触れ、立体的な道筋や出会いを通じて、自らのルーツである日本の文化に立ち返ったということなのかなと思っています。さらに、私は母がアメリカ人で父が日本人なので、ダブルルーツの立場から見えてくることもたくさんあって。
塚原 ご活動のきっかけはひとつではなく、様々な、しかしどれもご自身の人生に結び付いた背景があったのですね。















