ファミスタは野球ゲームじゃない

「当時はプランナーが仕様書を書いて、それを上司がOKのハンコを押すと私らみたいなプログラマーに仕事がおりてくる。でも私のいたチームのプランナーはゲーム開発に関しては新米で、なかなか『トイポップ』の仕様書にOKを出してもらえなかったんです。

で、やることもなく暇だったからチームリーダーと、一日中職場でファミコンの『ベースボール』やセガマークⅢの『グレートベースボール』で遊んでました」

ファミコンのローンチタイトルである『ベースボール』は売上235万本とメガヒットしていたが、ともにコンシューマ野球ゲームとしては黎明期のタイトルでゲーム性は低い。

「『守備で野手が動かせないのはおかしい』『選手に名前がないしパラメータが同じだから感情移入しづらい』『球場が狭く見える』『バッテリー間が短くて投球術が使えない』『走塁も操作したい』とか、システムや操作性についていろいろ文句を言いながらやってたんです。そうしたらチームリーダーが『それならきっしーがつくれば?』と。

アーケードゲームの開発にも飽きていたし、同じ部署のファミコンをつくってる部隊が楽しそうに仕事してるのを見てたから、『トイポップ』開発後のチーム会議でファミコンで野球ゲームをつくりたいと提案したんです」

プロトタイプはプログラミングだけでなく、グラフィックなどもすべて岸本さんひとりで制作。当初は『ファインプレイ』というタイトルだったが、家族で遊べるナムコの「ファミリーシリーズ」の第一作として『プロ野球ファミリースタジアム』に改題
プロトタイプはプログラミングだけでなく、グラフィックなどもすべて岸本さんひとりで制作。当初は『ファインプレイ』というタイトルだったが、家族で遊べるナムコの「ファミリーシリーズ」の第一作として『プロ野球ファミリースタジアム』に改題

他社の野球ゲームを遊びまくっていたことに加えて、東京都大田区矢口にあったナムコ本社ビルから路線バス一本で行けた川崎球場へ足繁く通うなど現地取材を繰り返していた岸本さんは、その時点で「球場を広く見せるために投手と野手の対決はアップにして、打ったら画面が切り替わる」などのゲームデザインがすでに頭の中でできあがっていたという。

「80年代のナムコはアクションゲームに強かった。だからファミスタも野球ゲームじゃなくてアクションゲームだったと思ってます。

投げて、打って、守って、走って……という野球の要素をアクションゲームに落とし込んだ。だから野球みたいなものを架空の国の、架空のリーグでやっているという世界観ですね」