このシチュエーションを思い付いた時に、私なりの“館もの”が書けると思ったんです
── 「消えた花婿」(『まぼろしの女』収録)で第七七回日本推理作家協会賞短編部門の候補になるなど、織守さんのミステリー作家としての顔は近年知られつつあります。ただ、まさか館ものに挑戦するとは、と驚かれる読者は多いと思うんです。いつかやってやろう、と狙っていたのでしょうか。
館もののミステリーは昔から大好きだったんですが、好きだからこそ「まあまあ」なネタでは書けないなと思っていました。世の中には既に素晴らしい館ものがたくさんある中で、単に及第点レベルのものを一冊増やしてもあまり面白くないというか、私が書く意味がない。今までのものとは一味違う、「館もので、こういうのなかったな」と感じてもらえるようなネタをもしも思い付いたら書きたいなぁ、と。そうしたら、思い付いちゃったんです。ただ、私に「ぜひ館ものを書いてください!」という依頼が来るわけもないし、どこで発表したらいいのか分からなくて、ずっと温めていたんですよね。
── 結果的に、集英社の初仕事でそのネタを披露することになった、と。
KADOKAWAから『彼女はそこにいる』という本(※住人が「居つかない」一軒家を舞台にしたホラーミステリー)を出した後に、集英社の編集者さんが会いに来てくださって、「織守さん、めっちゃ怖い本気のホラーをやりましょう!」と言われたんです。私もやる気だったんですけど、当時ホラーのネタのストックがなくて、「ちなみに、今あるネタとしては館もので……」という話をしたら、それで行きましょうと。温めていたアイデアだったからもちろんすごく嬉しかったんですが、「あれっ、ホラーは?」となったまま今に至ります(笑)。
隠し通路の存在をまったく隠していない(笑)
── 本を開くとまず目に飛び込んでくる目次が、とびきりキャッチーです。「第一章 開幕」「第二章 第一の殺人」「第三章 第二の殺人」「第四章 第三の殺人・解決編」。最初から決めていたんでしょうか?
章タイトルは、書き終わってから付けました。シンプルだし、三人は死ぬんだなということが一目で分かっていいかな、と。館ものって、だいたい連続殺人じゃないですか。館にみんなが閉じ込められて、出られない状態で次々死んでいくのが醍醐味ですよね。この目次であれば、これからそれを真正面からやりますよ、というシグナルになるんじゃないかと思ったんです。
── 主人公・彩莉のこんなモノローグで物語は幕を開けます。〈大金持ちになったら、無人島に洋館を建てようと決めていた。そして、「○○館」と大仰な名前をつけて、腹に一物抱えた客たちを集めて晩餐を開くのだ。当然、そこでは連続殺人が起きる〉。その歪んだ欲望が、会ったこともない祖父の遺産が転がり込んできたことで実現してしまい、二一歳の誕生日に完成した二階建ての館の名前は、鴉の来る館「来鴉館」。これからゲストたちを迎え入れ、真犯人でありながら探偵役を演じて思う存分愉悦に浸るつもりでいる……。先ほどおっしゃった「館もので、こういうのなかったな」という感触が連鎖するオープニングです。
殺人にうってつけの、ギミック満載の館ってそうそう現実にはないですよね。最初から殺人事件を起こすつもりで、その目的に最適化した館をゼロから作るのであればリアリティが……リアリティはそんなにないか(笑)。ただ、物語の中では説得力があるかなと思ったんです。
── ご友人でもあるミステリー作家の下村敦史さんが、ギミック満載の洋館を京都に建てられたじゃないですか。そのことは刺激になったりしましたか?
なったかもしれません。私は関西在住ということもあり、下村さんの館に見学に行った第一陣の一人なんですが、ミステリーの舞台になるような館って、本当に建てられるんだなと驚いたんですよ。隠し扉や地下通路なんかも、施工業者としてやってくれる人が現実にいるんだ、と。
── 本作の舞台となった来鴉館にも隠し通路がありますね。しかもその情報が、第一章の序盤も序盤で開陳される。ここでも「館もので、こういうのなかったな」となりました。
「この壁のここに指を引っ掛けて引くと、隠し通路の出入り口が開く。ここを出入りして殺すつもりなんだよねぇ」などと、施工主の彩莉が嬉々として解説しちゃってます。目次の後に、編集者さんの提案で館の見取り図が載っているんですが、そこにも隠し通路が描かれています。隠し通路の存在を、まったく隠していない。ミステリーの種明かしの部分で「隠し通路があった。びっくりですよね」というのは許されないんですけど、読者が最初からその存在を知った状態であれば、ミステリーとして成立させられるし、面白い質感のものになるんじゃないかと思ったんです。
── 彩莉の話し相手は、今回の計画の一部始終を唯一知る、メイドの葵です。過去パートで彩莉の計画の穴を指摘するシーンがあるんですが、言葉が鋭いんですよね。「お嬢様はまことにポンコツでございますね」というセリフは、某有名ユーモアミステリーの執事さんを彷彿させるもの。本番の幕が開けてからも、彩莉の共犯者兼共演者としてさまざまなサポートを行っていきます。
メイドを共犯にする、ということは早い段階で決めていました。彩莉が最初から完璧な計画を立てているよりも、「こんなのどうかな?」「それをやるとこういう不都合があるからこうしましょう」というブレインストーミングがあった方が、読者にとって計画の内容が分かりやすいし、頭に入ってきやすいかなと思ったんです。そうしたら、某執事さんにちょっと似た、毒舌メイドになりました(笑)。ヒロインに、ツッコミ役が必要かなとも思っていました。お金に物を言わせてギミックを搭載した館を造って、人を殺そうとしている時点でめちゃくちゃ好感度が低いじゃないですか。何か言うと葵にツッコミを入れられちゃう、ちょっとアホな子にすることによって、かわいげを出そうと思ったんです。
── ちなみに、彩莉には一応殺人の「動機」もあるんですが、独特ですよね。
そうですね。ネット上で自分の小説をバカにした人たちを館に呼んで、おまえらがバカにした私の考えたトリックで死ね、と。いや、私は気にしないですよ。私は自分の小説をバカにされても殺さないです(笑)。