困難を抱える人を型にはめたのであればそれは「悪」

実際に起きた数々の事件を取材して、映画を撮ってきた小林監督は、渡邊被告の「罪」をどのように見たのだろうか。

小林監督は、少し考えて言った。

「世間で言われているような『男女の話』じゃないと思うんです。彼女のマニュアルに出てくる『ギバーおぢ』になるのは、精神的、経済的、社会的に困難を抱えている人だと思う。

そうでもない限り、自分の生活もすべてなげうって貢いでしまう『ギバーおぢ』にはならないのでは」

渡邊被告はマニュアルの中で「ギバーおぢ」について「モテない、もしくは非常に奥手であり、おとなしいといった特性を持っている」と定義し、「自分より他人の心配、困っている女のコがいたら助けたい、お金が減るけどこのコが助かるならうれしい、そして自分が救ってあげたい」と考える男性のことだとも明かしている。

「これは男女の問題ということではないと私は考えています。弱い立場にある、困難を抱えている人を型にはめる方法を流布したのであれば、それは悪だというのが私の目線です」「頂き女子」と「おぢ」という言葉があまりにも広がったからか、私もこの事件は、「男女の問題」だと捉えていた。だが、小林監督は「それは違う」と言う。

「男性が流されてとか、女性が騙されるとか、そういう話ではなく、困難を抱えている人を巧妙に狙う手口を『ギバーおぢ』と言い換えて罪悪感を減らすっていう、極めて悪質なものだと思います。老若男女に該当する、あのマニュアルはそういうものだと思っています。だからこそ悪だと私は考えます」

写真はイメージ 写真/Shutterstock
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事件の背景には「コミュニケーション不足があった」、とも小林監督は指摘する。

「日本はもともと、コミュニケーション教育が著しく不足していると感じるんです。そうした環境下でホストクラブって、コミュニケーションの〝省略〟ができる場所なんじゃないかと思うんですよね。褒めてもらえるとか持ち上げてもらえるとかって、本来はコミュニケーションを丁寧に重ねた上で得られる〝成果報酬〟だと思うんですけれども、ホストクラブではお金を出せばそれをすっ飛ばして〝成果〟がもらえる。被害者がりりちゃんに求めたものも、コミュニケーションの努力を飛ばして手に入る恋愛という成果です。

りりちゃん本人も、家庭内や社会において、期待したようなコミュニケーションをうまく取ることができなかったと思うし、そこにホストという『コミュニケーションの省略』を武器としている人が入り込んだのだと思います。世の中には、コミュニケーションを省略して、そこに入り込むことで生き延びていく人たちがいると私は思っています」

小林監督は続ける。

「面会の最後に、渡邊さんに『どんな映画にしてほしい?』と聞いたんです。そうしたら、『地獄を見せてほしい』と言ったんです。すごく自分の見せ方がうまいコだなと。……それがとても印象に残っています」

だが、映画化の計画は頓挫した。

渇愛: 頂き女子りりちゃん
宇都宮 直子
渇愛: 頂き女子りりちゃん
2025/7/10
1,870円(税込)
256ページ
ISBN: 978-4093898119

「頂き女子」に迫った衝撃ノンフィクション

複数の男性から総額約1億5千万円を騙し取った上、そのマニュアルを販売し逮捕された「頂き女子りりちゃん」に迫った本作に大絶賛の声続々!

◎町田そのこさん
彼女が奪う側に戻らない道を考える。読んでいるときも、読み終えたいまも。

◎橘玲さん
すべてウソで塗り固められた詐欺師
家族や社会から傷つけられた犠牲者
彼女はいったい何者なのか?


―選考委員激賞!第31回小学館ノンフィクション大賞受賞作―

◎酒井順子さん
りりちゃんの孤独、そして騙された男性の孤独に迫るうちに、著者もりりちゃんに惹かれて行く様子がスリリング。都会の孤独や過剰な推し活、犯罪が持つ吸引力など、現代ならではの問題がテーマが浮かび上がって来る。
◎森健さん
今日的なテーマと高い熱量。とくに拘置所のある名古屋に部屋を借りてまで被告人への面会取材を重ねる熱量は異様。作品としての力がある。
◎河合香織さん
書き手の冷静な視点とパッションの両者がある。渡邊被告がなぜ”りりちゃん”になったかに迫るうちに著者自身もまた、”りりちゃん”という沼に陥り、客観的な視点を失っていく心の軌跡が描かれているのが興味深い。

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