「アイデンティティのトンネルが全部ホスト」

渡邊被告が上告してから約3か月間、周辺は目まぐるしく変わっていた。

上告と同時期の10月半ば、彼女をモデルとした映画『頂き女子』の制作が発表された。プロデューサーは立花奈央子氏。監督は、映画『全員死刑』(2017年日活)やドラマ『スカム』(2019年MBS)、『酒癖50』(2021年ABEMA SPECIAL)などを手掛けた小林勇貴氏だ。

2025年2月15日。新宿で小林監督に話を聞いた。

小林監督は、『全員死刑』では2004年に起きた大牟田4人殺害事件を、『スカム』では老人を狙う詐欺の実態を描くなど、実際の事件をモデルにした作品で知られる。

映画の取材のために、渡邊被告に面会したという小林監督は、彼女をどのように見たのだろうか。

「渡邊さんの印象は、すごく小さい……。あんな世間を騒がす大きな事件を起こした当事者とは思えないほど、小さかった。そして動画でやっていたような『はじめましてぇ!』と言いながら、大きく両腕を開いて、決めポーズを取るようなリアクションをしていたのが心に残っています。

私は関東連合(1970年代~2000年代初頭に主に活動した暴走族グループ)のボスだった人にも取材しているのですが、彼らは目の色から何から、すべて違っていて、対峙するだけで圧倒される。でも、彼女に関しては、そういったことは感じなかった。身近にもこんな人、よくいると感じました。

ただ、衝撃を受けたのは、例えば『食べ物は何が好き?』とか、パーソナルなことを聞いた時に、いちいちすべてホストとの記憶を経由するんですね。例えば『サバ缶が好き』という話だと、『その時の担当ホストがサバ缶が好きだったから』とか、どんなトピックスを聞いても、『〇×君がこう話していたから』とか、何でもホストというトンネルを通るんですよ。渡邊さんのことを聞いているのに、誰の話をしていたんだっけとパニックになる。

でもそれって、我々にもあることだと思うんです。例えば好きな食べ物っていったら、高校時代の思い出に紐づいているとか、皆いろんなトンネルを経由して、パーソナルな部分に接続すると思うんです。でも渡邊さんに関しては、アイデンティティのトンネルが、全部ホスト。そこに歪さを感じました」

写真はイメージ 写真/Shutterstock
写真はイメージ 写真/Shutterstock

監督のオファーを受けた小林氏は事件について本格的に調べ始めたという。そこで感じたのは、渡邊被告サイドに寄った報道が多かったということだ。

「圧倒的に被害者サイドの話が足りないと思いました。私もいろいろな事件を撮ってきた中で、やはり両サイドの話を聞く大切さを常に感じていたのですが、特に最初の頃の報道はりりちゃんサイドに寄りすぎている。被害者目線の話が足りないと思いました」