実験を許すのが民主主義社会である

次に着目したのは、筆者がやはり研究してきたアメリカの思想家ジョン・デューイへの言及である。民主主義とは、人々が多様な社会的実験をすることを許す社会にほかならない。

答えのない時代だからこそ、多様な個人のイニシアティブによる実験が必要であり、それを許すのが民主主義社会である。このように説くプラグマティズムの理論家デューイは、現代においてまさに注目すべき思想家であると筆者は考えている。本書ではさらに、デューイのもとで学んだ中華民国の哲学者である胡適を通じて、その理論が台湾の教育政策に深く影響を及ぼしたことが強調されている。

その意味でデューイがまさに、アメリカと東アジアの国々をつなぐ大切な思想家であることも、本書の大切なメッセージである。民主主義をめぐる太平洋を超えた対話が期待される(トランプ時代だからこそ、なおさら)。

そして何より、『PLURALITY』というタイトルにもなっている「多数性(複数性)」の概念を鮮やかに示したのは、ハンナ・アーレントである。筆者は『全体主義の起源』や『人間の条件』などアーレントの著作を、大学院の演習などで繰り返し読んできた。

人間の生の根本的な条件を、平等な他者とともに存在する複数性に見出したアーレントは、筆者の思考をつねに刺激し、突き動かしてきた思想家の一人である。人が複数存在するからこそ公共性が生まれ、そこに言葉の力を介して政治の営みが始まる。

社会的差異は対立を生み出すが、もしテクノロジーを介して適切に協力関係を築くことができれば、それは社会にとってマイナスではなく、むしろ進歩を生み出す原動力となる。

写真はイメージです 写真/Shutterstock
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アーレントの思想を魅力的な現代的概念として甦らせた二人の知的営為は、「コラボレーション」という言葉と共に、私たちの未来を切り開くだけのパワーがあると思う。複数の主体の間の緊張に満ちた関係に着目する「多数性(複数性)」を今こそ強調したい。