グルテンフリー食をしてもパフォーマンスは良くならない
日本でグルテンフリー食が広まった要因の一つに、ある有名プロテニス選手の経験談が書籍化・翻訳され、ベストセラーになったことがあげられます。血液検査によって体調不良の原因が判明したということなので、この選手はセリアック病(もしくは小麦アレルギー)だったと推察されますが、彼はこの本のなかでグルテンフリーを実践することで世界のトップまで上りつめたと述べています。
そのような経験談から、「グルテンフリー食が優れたパフォーマンスを生み出す要因だ」と考えるスポーツ選手も増えたようです。ある調査では、半分以上の食事においてグルテンフリーを実践しているスポーツ選手(セリアック病ではない選手)が全体の4割を超えており、さらには、そのような選手の半数以上が「グルテンフリーによってパフォーマンスが向上すると思う」と回答しています。
ちなみに、グルテンフリーを行っていない選手でも、その4分の1が「グルテンフリーでパフォーマンスが向上すると思う」と回答しています。このようにスポーツ界では、「グルテンフリーにはパフォーマンスを向上させる効果がある」という考え方が広まっているようです。
セリアック病を抱えた選手では、当然のことながら、グルテンを摂取すると体調が悪化し、パフォーマンスも低下しますが、セリアック病ではない健康な選手でもグルテンによってパフォーマンスが低下する/グルテンフリーの食品によりパフォーマンスが向上するのでしょうか?
この疑問を解決すべく行われた研究を一つ紹介します。この研究では、セリアック病ではない自転車競技選手(13名)に対して、グルテンフリー食とグルテン含有食(1日あたり16グラムのグルテンを含む食事)をそれぞれ1週間ずつ摂取させたのちにパフォーマンステストを実施するという実験が行われました(どちらの食事を先に摂取するかはランダムに決め、両試行の間には、影響が残らないように最低1週間以上の間隔を設けてあります)。
その結果、パフォーマンステストの成績ならびに胃腸系の症状は、グルテンフリー食を摂取した試行とグルテン含有食を摂取した試行との間でまったく差がなかったことが明らかとなりました。もし、グルテンの摂取によって体調が少しでも悪化するようであれば、全力を発揮することができず、パフォーマンスに明確な差が見られるはずですが、そのような変化は認められていません。
グルテンとパフォーマンスに関する研究はまだ数が少なく、この研究における介入期間も1週間と比較的短期間であったため、より長期的な介入研究が今後行われた場合には結論が変わる可能性は十分にあると思われます。しかしながら、現在のところ、セリアック病ではない健康な選手において、グルテンがパフォーマンスを悪化させる/グルテンフリーがパフォーマンスを向上させるということを支持する結果は得られていません。
先ほど紹介した有名プロテニス選手は、セリアック病であったがゆえに、グルテンフリーは必要不可欠であったと思われます。しかしながら、これまでに報告されている結果に基づいて判断すると、セリアック病ではない選手が積極的にグルテンフリーを実施することのメリットはほとんどないと考えられます(ノセボ効果とは逆のプラセボ効果によって、パフォーマンスが向上する可能性は十分にありますが……)。
また、グルテンフリー食品だけを摂取しようとすると、食品の選択肢が少なくなり、重要な栄養素が不足することもあります。世界トップの選手の場合には、グルテンフリーであっても栄養素が不足しないように、食事の面でのサポート体制も万全であったはずですが、そのようなサポートが受けられない場合、グルテンフリーにすることで、重要な栄養素が不足してしまい、パフォーマンスがむしろ悪化してしまう可能性が高くなります。