なぜグルテンフリーが広まっているのか?
セリアック病の患者および適切な検査によってグルテン過敏症と診断・判定された方にとっては、グルテンフリー食は欠かすことのできない食事法であるといえます。しかしながら、これまで紹介してきたような研究データ・知見をそのまま素直に判断すれば、健康な人やスポーツ選手に対してグルテンフリー食を積極的に推奨できる根拠はほとんどなく、それによって恩恵を受ける人の数も、予想されている(ネット上でいわれている)数よりは少ないと考えられます。にもかかわらず、世間からの注目度は増し、グルテンフリー食品の市場規模も年々大きくなっていますが、それはなぜなのでしょうか?
先ほど示したテニス選手のような有名人がグルテンフリー食を摂取している姿や経験談がTVやネットで紹介されたりすると、研究データよりも身近でわかりやすく、とても効果的であるように映ります。その結果、「彼らの強さや健康・美の秘訣はそこにある!」という考えを抱くとともに、そのような情報を重視するようにもなります。
このように、科学的・医学的に証明されている治療法よりも、経験談などの身近で目立つ情報を優先して判断してしまう認知バイアスのことを「利用可能性ヒューリスティック」と呼びます(がん患者が、科学的なデータやそれによって裏付けられた治療法よりも、「これでがん細胞が消えました!」というセンセーショナルな広告の内容を信じてしまい、怪しげな民間療法にとびついてしまうのも、利用可能性ヒューリスティックの一例です)。
実際、先ほど紹介したスポーツ選手を対象とした調査でも、「ネットや指導者・トレーナーおよび他の選手からの話が主な情報源となっている」という結果が報告されており、科学的・医学的なエビデンスを参考にしている人の数はとても少ないと予想されます。
先ほど、グルテン過敏症の診断において明確な診断基準やバイオマーカーがないことやグルテンに関してはノセボ・プラセボ効果が現れやすいことを述べましたが、こうした特徴も以下のような流れを形成することに寄与し、グルテンフリーの流行に拍車をかけているように思われます。
(1)自分の体調が優れない場合、何かにその原因を求めたくなる。
(2)グルテンフリーで回復したというような経験談をネットや書籍で目にすると「私の体調不良の原因もグルテンかもしれない」「グルテンフリーを試してみよう」と考える。
(3)事前にグルテンフリーを実践した人の経験談を読んで、「グルテンフリーは効果的!」「グルテンこそが原因だ!」と思い込んでいる(期待している)ため、グルテンフリー食を実施した際にプラセボ効果(グルテンによるノセボ効果)が現れやすく、「グルテンフリーが効いた!」とその効果を信じるようになる。
(4)明確な診断基準・バイオマーカーがないため、「グルテンこそが体調不良の原因だ」「グルテンフリーは効果的」という考えは否定されにくい。
(5)このような経験をした人たちが自らの経験談(「原因不明の体調不良がグルテンフリーで消えた!」というような経験談)をSNSに載せることで、その数がさらに増え、世の中に広まっていく。
ベストセラーとなった『「学力」の経済学』では、著者の中室牧子氏が第1章の冒頭で以下のように述べています。
「子育てに成功したお母さんの話を聞きたい」という欲求自体に問題があるわけではありません。しかし、どこかの誰かが子育てに成功したからといって、同じことをしたら自分の子どもも同じように成功するという保証は、どこにもありません。子どもの成功にはあまりにも多くの要因が影響しているからです。
このことは、健康問題にも当てはまります。私たちの体調・健康はとても多くの要因によって調節されていて、その状況は個人個人で大きく異なります。誰かの成功例と同じことをしたからといって、自らの体調に関する問題が同じように解決するわけではありません。
また、「〇〇を行うことで症状が改善した」という経験談も、確かにそのような人が存在するのかもしれませんが、改善したのは全体のうち何名なのか?もしかしたら、成功例よりも失敗例の方が多かったという可能性も否定できません(研究でもそうですが、ネガティブな結果・事例は公表されにくい傾向にあり、このことは「パブリケーション(出版)バイアス」と呼ばれます)。
加えて、その行為以外の伝えられていない部分のほうが、健康状態の改善に大きく貢献していたという可能性も十分に考えられます。とくに、スポーツ選手やセレブリティは健康意識が高く、生活習慣全般が健康的であり、そのことが体調や美しさを保つことにつながっている可能性が高いはずです。
文/寺田新