高齢化する日本にデジタル民主主義を!
李 日本という国、あるいは文化に「Plurality」という多元性は既にあるというお話でした。これは読者が非常にエンパワメントされる、勇気づけられると思うのですが、「じゃあ一体自分に何ができるのか?」という疑問も湧いてくると思います。
私は大学教員なので本を書くことができましたが、そうでない一般読者は、この本を読んで、どういったアクションをすればいいでしょうか?
ワイル 一般人(general public)は存在しません。多くの人々(many publics)が存在します。この文章を読んでいるアーティストの中には、プロトピア的な物語を語れる人々がいます。
安野(貴博)さんが日本で行ったこと、オードリーが台湾で行ったことを物語れる人々がいます。 ビジネスパーソンの中には、これらのツールを自社のビジネスに採用できる人、他者向けのツールを構築できる人、ただ上下関係やサラリーマン的な仕組みに頼らず、組織内のホワイトカラー業務にカイゼンを導入し、より創造的な意思決定やコラボレーションを促進するプロジェクトの管理運営を試みる人がいます。
あなたの分野に限らず、教育者たちもいます。あなたは経済学者ですか?
李 いえ、哲学者です。
ワイル 私のような経済学者であれば、あなたが私に投げかける質問の一部を、形式的なモデルを用いて回答するお手伝いができます。これらの分野で新たなツールを設計できるコンピュータ科学者もいます。
さらに、これらのツールをコミュニティで活用できる政治指導者や地域社会の指導者がいます。これらのツールを基盤に政治運動を組織化し、労働組合が業界の枠組みを超えて労働者の声をより適切に代表し、業界ごとの分断を軽減できるようにする市民リーダーも存在します。
一般人は存在しません。 誰もが唯一無二の存在です。 誰もが特別な貢献ができる何かを持っています。誰もが、行動を起こすチャンスがある特定の状況にあります。それがカイゼンの洞察です。
カイゼンは平均的な従業員をエンパワメントすることではありません。それは、それぞれの従業員が所属する特定の場所において、自身が属するシステムを理解し、改善する能力をエンパワメントすることなのです。Pluralityに対しても、同じことが必要です。
李 最後にもうひとつお願いします。現在、日本という国は高齢化が進み、経済力も衰退していると言われています。学生たちと接していても、未来に希望を持っているようには見えません。自分の国に絶望してしまっている若い日本人に、メッセージをお願いしたいです。
ワイル 世界は現在、システムに対する信頼危機に直面しています。しかし、この危機は日本にとってチャンスだと私は考えます。単に他の何かの二番煎じとして自己認識するのではなく、日本独自のモデルと視点を提供するチャンスです。
単に「私たちはほぼ一党支配の政府を持っているから、悪い議会制民主主義だ」と言うのではなく、一方で「日本には定期的に開催されている一般市民からなる市民集会や、地方自治体が設置している未来設計会議、そしてAI政治家がいる」と主張するのです。
おそらく、議会制民主主義に疲弊した世界が探求すべき民主主義の形態こそがこれであり、私たちはその先導役となり、積極的に取り組むべきです。その価値を祝い、築き上げ、世界に広めていくべきです。
おそらく「私たちは皆、硬直したサラリーマンで、創造性がない」と言う代わりに、「実際、カイゼンは西欧よりも一般の労働者をより完全に力付け、より多くの創造性を引き出した」と言った方が良いかもしれません。
問題は、その要素をホワイトカラーの仕事に十分に持ち込まなかった点にあるかもしれません。現在、日本人の大多数が従事しているのがホワイトカラーの仕事です。伝統の中にさらに深く掘り下げ、肉体労働を超えた知的労働における創造的な手法を活かし、オープンソースの精神やより創造的な管理手法を採り入れる必要があるかもしれません。
それは私たちを成長させるだけでなく、世界に対してテクノロジーを活用する新たな方法を示すことができます。
その方法は、単に破壊や支配ではなく、悪い意味に捉えられてしまった言葉(李補足:「大東亜共栄圏」のこと)ですが、「共栄(coprosperity)」です。共に協力してそのグループを築くことなのです。
西側諸国は未来に関する広範な共通のヴィジョンを放棄したと言えるかもしれませんが、それが私たちのブランドとなるかもしれません。
私たちは、未来において人々が共感したいと考えるポジティブなヴィジョンを持っており、SusHi Tech(東京都が主催する国際的なイノベーションイベントであり、「Sustainable High City Tech Tokyo」の頭文字を取った名称)が目指すように、そのヴィジョンを共有し、他の人々を巻き込むことで、ハイプサイクル(李補足:新技術が「注目→過剰な期待→幻滅→再評価→定着」するまでの流れを示すモデルのことで、この中の「幻滅」を指すと思われる)を回避できます。
なぜなら、私たちは一般市民を巻き込み、社会をテクノロジー開発に参画させるからです。 それは技術者が政府を破壊しようとしたり、技術者が敵視されたりするような状況よりも好ましいでしょう。
私たちは皆で協力して進めることで、よりスムーズにテクノロジー開発を進め、より多くの支援を得て、より迅速に成果を挙げることができます。
私は、日本がもう少し自信を持てば、その能力は十分にあると思います。確かに人口の問題を抱えていますが、それは世界中の他の国々も同じです。
日本は、若年労働力の不足を逆手に取り、機械を効果的に活用する方法を示すリーダーシップを発揮し、その点を強みに変えることができます。これは若者にとって多くの機会と責任をもたらし、彼らにとって挑戦となるでしょう。
世界が直面するこの危機は確かに危機ですが、同時に巨大なチャンスでもあります。日本の若者がこの機会を捉え、再びリーダーシップを発揮することを願っています。
構成/高山リョウ 撮影/内藤サトル