世界を啓発した日本の「カイゼン」

李 グレンさんは、『PLURALITY 対立を創造に変える、協働テクノロジーと民主主義の未来』(サイボウズ式ブックス)の序文で、「Pluralityは日本にとって異質な輸入品などではなく、自国ですでに発達した文化や知的潮流に対する外国からの承認であり、それを国の政治経済再生の基盤にするよう促すものなのだ」と書いています。今までの会話の中でもいくつか出てきましたが、改めて日本のどういった文化や知的潮流がPluralityであるのかを教えてください。

ワイル 私はこの古代の平安時代への敬意を表して、以前からつけていた中国名の「衛 谷倫(ウェイ・グールン≒ワイル・グレン)」を「衛谷 倫(えたに・りん)」に改名したのです。これは前回お話しした昨年7月の未来館のイベントが契機でした。

第一に、日本には、多くの文化から取り入れたものを完璧に磨き上げ、その仕組みを尊重し、再度組み合わせた上で輸出する、非常に古くから続く一貫した伝統があります。これはまさにPluralityの哲学、つまり「異質な文化に対する尊敬」と「異質な文化を組み合わせる能力」が日本にはこれまでもずっとあった。それがまず一点目です。

二点目は、「カイゼン(改善)」の考え方です。トヨタ自動車の取り組みとして世界的に有名になったカイゼンは、典型的なPluralityだと思います。その背景には、複雑系科学のサイバネティクスのコンセプトがあるからです。

本にも書きましたが、戦後間もない頃の日本は、工業製品を大量生産するための強固なインフラや、高品質な製造を保証するための強固な技術的枠組みがまだ整備されておらず、製品はしばしば不良品と見なされていました。

そこで1950年、日本科学技術連盟は、アメリカの統計学者であるW・エドワーズ・デミングに、日本の経営者や技術者、研究者に向けてQC(品質管理)に関する講演会を開くよう依頼をします。

デミングは、品質管理を単に「検査によって不良品を淘汰する」という問題として捉えるのではなく、生産ループそのものを統計的に管理し、改善を繰り返す総合的なプロセスとして捉えるべきである、と強調しました。

また経営トップに対して、技術者や労働者とのコミュニケーションを図り、ものづくりのトータル・プロセスに対する意識を認識することで、プロセスを改善する組織風土を構築することを促しました。このプロセス重視の「カイゼン」への動きは、日本のものづくりの根本的なあり方を変えることになったのです。

あまり指摘する人はいませんが、デミングが影響を与えたカイゼン、それから「PDCAサイクル( Plan-Do-Check-Act)」というフィードバック・ループによる管理と生産の実践は、「自己適応のためのフィードバック・ループ」というサイバネティクスのコンセプトを実証した例なのです。

これはオープンソースのソフトウエアの考え方にも通じるもので、要するに「現場でリアルタイムにシステムを構築していく」ということです。長くなりましたが、「カイゼン」の考え方、それが二番目の「日本のPlurality」です。

第三に、日本には、西欧ではほぼ消滅してしまった大衆向け「プロトピア的未来主義(mass market protopian futurism)」(少しづつよくなっていく未来観)の非常に深く、長く、持続的な伝統があると考えています。

アメリカでは、ディズニーワールドのテーマパークの一部だったEPCOT(Experimental Prototype Community of Tomorrow:明日のための実験的未来都市)があり、そこでは未来を投影する展示が行われていました。これは、現在大阪で開催されている万国博覧会のようなものと言えます。

EPCOTのシンボル、スペース・シップ・アース 写真/Shutterstock
EPCOTのシンボル、スペース・シップ・アース 写真/Shutterstock

しかし、その精神はEPCOTから失われてしまいました。スター・トレックもありましたが、数年後にスター・トレックも消えてしまいました。しかし、日本は未来館やドラえもんなど多くのものを通じて、社会の大多数が受け入れられ、信じられるポジティブな未来のヴィジョンを維持し続けています。

私は、これらの要素がすべて、Pluralityプロジェクトの核心的なアイデアであると考えています。

おそらく、その最も包括的な表現は、私たちの本に収録されている多くのアイデアを10年前からすでに捉えていた鈴木健氏の著作『なめらかな社会とその敵』(勁草書房)でしょう。

その著作が日本において非常に影響力があったにもかかわらず英語に翻訳されていないことは残念ですが、この著作は、私たちのアイデアが日本の文脈において深い共鳴を呼ぶ方法を、完璧に要約した表現だと考えます。これは私たちにとっても素晴らしい機会です。