正義を吟味する、悪を吟味する

ラテン語 次に紹介したいのがbonis nocet qui malis parcit「悪人を許す者は善人を害する」です。

ヤマザキ セネカの言葉ね。

ラテン語 そのように伝わっています。犯罪者を英雄視するであるとか、悪人に甘い考えを持つような人がいると、将来的には真面目に生きてきた人が害を被ることになってしまう。現代でも、メディアで犯罪者がいいように描かれたり、同情的に報道されたりすると、共感する人が出てしまう、ということがあると思います。

「人は自分の信じたいものを喜んで信じる」古代ローマ帝国時代から問題視されていた、他人の異論を拒む感情が社会に与える影響_3
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ヤマザキ 悪人と善人の線引きが難しい場合もありますね。思想が異端なだけでも悪人とされてしまう場合もあるし、鼠小僧※3みたいな例もありますから。極悪人の味方になるには、例えばよほどの信仰心や執着が必要になるから、そんなにはいないんじゃないかという気もするのですけど。

ラテン語 現代でも、かなりの重罪で刑務所に長く入っている服役囚にも、ファンレターが結構届くらしいですね。

ヤマザキ 確かにマフィアのイメージなんていうのは、まさにそこに当てはまりそうです。例えば『ゴッドファーザー』※4を心の映画に挙げる人はたくさんいますよね。

かくいう私もこの映画も日本のヤクザ映画も大好きで夢中で見てしまいます。古代ローマでも、極悪人もお金さえ出せば罪を解消してもらえたりしてたんじゃないかなあ。

ラテン語 うーん、どうでしょう。許される場合もあったでしょう。

ヤマザキ とにかく、古代ローマの治安は相当悪かったはずですよ。今とは比べ物にならないくらい。

ラテン語 犯罪者に過度に甘い考えを抱くことを抑制するために出た言葉だと思います。


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*注釈
※1 デモステネス
紀元前384年~前322年、アテナイの政治家で、弁論家として活躍。マケドニアの脅威に対してアテナイの自由を説いたが叶わず、自殺。

※2 ガリア戦記
紀元前58年~前51年にローマ軍を率いてガリアに遠征したカエサル自身による記録。ガリアは現在のフランス。

※3 鼠小僧
1795年~1832年、江戸時代の盗賊。大名屋敷だけを標的にしたことから義賊とされる。

※4 ゴッドファーザー
1972年公開の映画。監督はフランシス・フォード・コッポラ、原作はマリオ・プーゾ。アメリカに生きるイタリア系マフィア一族の物語。アカデミー賞3冠。続編も評価が高い。

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座右のラテン語 人生に効く珠玉の名句65
ヤマザキ マリ、ラテン語さん
座右のラテン語 人生に効く珠玉の名句65
2025/1/8
1,045円(税込)
224ページ
ISBN: 978-4815628017

すべての悩みはローマに通ず

古代ローマを描いてきた漫画家と、気鋭のラテン語研究者。
ふたりが選びに選び抜き、語りに語り尽くしたラテン語格言の数々。
偉人たちの残した言葉の中に、人生に効く至言がきっと見つかる。

libenter homines id quod volunt credunt
人は自分の信じたいものを喜んで信じる
カエサル『ガリア戦記』

dimidium facti qui coepit habet
物事を始めた人は、その半分を達成している
ホラーティウス『書簡詩』

amicus certus in re incerta cernitur
確かな友情は不確かな状況で見分けられる
キケロー『友情論』(エンニウスの言葉)

……など65点を紹介。

※この対談は本書で初公開の語り下ろしです※

ホラーティウス、キケロー、ウェルギリウス、プリニウス、セネカ、カエサル……。
ローマ人の残した言葉を、二人が読み解いていく、スリリングな対談。
また、古代ローマ時代より後に生まれたラテン語も多数扱う。
二人はどんな時に、どんなラテン語に救われたのか。
創作の裏側にもつながるエピソードも多数明かされる。

はじめに ヤマザキマリ
第1章 人生と友情
第2章 芸術家のエネルギー
第3章 恋愛指南
第4章 ラテン語の表現世界
第5章 生き方について
第6章 為政者たちのラテン語
第7章 歴史の教訓
おわりに ラテン語さん

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