文明が非文明に勝利した

英国で暗殺を実行する場合、ロシア政府は慎重の上にも慎重を重ねて検討するはずだという。なぜなら、英国は米国や欧州諸国との関係が良好で、欧米はその外交方針に追従する可能性が高い。

英国を敵に回すと、欧米との関係悪化につながる。また、英国は国連安全保障理事会の常任理事国で、国際社会での影響力が大きい。

さらに捜査機関や秘密情報機関、研究所の技術・技能レベルが高いため、暗殺の背景を暴かれる可能性もある。世界中の反体制活動家が英国に集まるのは、政治の安定性に加え、そうした環境に信頼を置いているためだ。その分、暗殺を計画する者も慎重になると、この元スパイは言う。

リトビネンコが殺された場合、一番に疑われるのはロシア政府である。それなのに、プーチンは暗殺を許可するのだろうか。国際的な批判が自らに向く事態も予想できる。

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「ロシアの失敗は英国の能力を読み違えた点です。ポロニウムを正確に追跡できるのは当時、世界中で米国と英国の2カ国でした。ロシアはそれを知らなかった可能性が高い」

プーチンは露見するはずがないと考えたのだろうか。

「特定は不可能だと報告されていた可能性がある。完璧に暗殺が実行できると思い、承認した。しかし、最終的に英国の科学者はポロニウムを見つけ、警察はその痕跡を徹底して洗い出した。ある場所では、ごく微量の被曝痕まで見つけています。見事な捜査だった。英国は普段から核テロに備えていた。文明が非文明に勝利したんです」

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プーチンに勝った主婦 マリーナ・リトビネンコの闘いの記録
小倉孝保
プーチンに勝った主婦 マリーナ・リトビネンコの闘いの記録
2024年12月17日発売
1,430円(税込)
新書判/352ページ
ISBN: 978-4-08-721341-6

夫アレクサンドル・リトビネンコは放射性物質によってプーチンに暗殺されたのか? 
その真相を明らかにするため、妻マリーナは立ち上がった。
この動きを妨害する英国、ロシアという大国の壁を乗り越え、主婦がプーチンに挑み勝利するまでの過程を、マリーナと親交がある著者が克明に描き出す。
同時に、ウクライナ侵攻に踏み切ったプーチンの特殊な思考回路や性格、そのロシアとの外交に失敗した国際政治の舞台裏、さらに国家に戦いを挑んだ個人の姿と夫婦の愛を描く、構想12年の大作ノンフィクション!

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