たどり着いた、死ぬ前に食べたい3つのもの

いきなりで恐縮ですが、人生の最期、「死ぬ前に食べたいと思うものは何? 三つ挙げるとしたら何を……」と訊かれたら、という話から進めさせていただきます。

死ぬ前に食べたいもの、3つと言われれば、まず「白いご飯」を挙げておきましょう。炊きたての白いご飯。

それに「ぬか漬けの漬物」と「たらこ」。この3つくらいでしょうか。これで、充分です。充分、死ねます。これが、私の食べ物の「原点」です。

50歳の頃は、これと同じ質問を受けて、「山盛りのキャビアを白いご飯にのせたキャビア丼」と「香港で食べた1本1本の繊維がもやしのように太いふかひれ」と「採れたてのトリュフをかけた、茹でたてのジャガイモ」とか言っていたようです。

本当は、素材のゴージャスさで選んだわけではなく、トリュフ狩りに参加したシーンなど、いずれも共に食べた人々との忘れられない出会いや思い出があってのことでした。でも多分にかっこつけたい年頃でしたから、そんな「ひけらかし」のようなことを言っていたんでしょう。

「菊乃井」三代目の村田吉弘 写真/畑中勝如
「菊乃井」三代目の村田吉弘 写真/畑中勝如
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でも70歳を超えたいま、そんなものは正直、もう食べたいとは思いませんし、ステーキもフォアグラも、申しわけないけれどフランス料理も、あまり食べたいとは思いません。

そうではなくて、先ほど挙げた炊きたてのご飯とかぬか漬けといった「原点」のような食べ物がいいと思うようになりました。原点のものは、明日食べても、明後日食べても、きっとおいしいに違いない。

原点は、まさに原点と言うように、実にシンプルなものです。それに比べると、50代の頃の私は「世界中のおいしいものを食べたい。誰も食べたことのないような珍味が食べたい」など、よく言えば好奇心の塊ですが、いまの言葉で言えば何とチャラい男であったのかという感慨があります。

そんな50代の頃の私にイメージを重ねるわけではありませんが、この頃は皆さん、「おいしい」と言い過ぎのような気がします。「おいしい」という言葉の氾濫、「おいしい」の大安売りです。

特にテレビの映像などを見ていると、料理を口に入れたとたん「おいしい!」とか「うまーい!」とか叫んだり「鳥肌が立つ!」などと言って目をむいているタレントさんがいっぱいいます。普通、おいしいものを食べたら、そんな顔せんやろ。

あるいは、食べ物を口に入れたら、やおら目をつむって「うーむ」と感じ入る俳優さんや「こんなおいしいもの、はじめていただきました!」とかコメントしている女優さんもいます。はじめてって、これまでどれだけのものを食べてきたんですか、とついつい突っ込みを入れたくなったりします。

なかには一口食べただけで「やばい!」とか大声を出す人もいて、そんなこと言われたら「え、何か異物でも?」と問い返してみたくなるようなこともあります。笑いごとじゃありません。

皆さん「お仕事」でしょうから、いちいち反応してもしょうがありませんけれど、やっぱり一般の人もそういう情報に影響されますから、ちょっと見かけが良いだけでそれほどでもない料理にも「おいしい!」を連発するような現況が気になっています。

ちょっと「おいしい」言い過ぎちゃうか、「情報」を食べるより「料理」をきちんと味わって、という話です。