対応のマニュアルがない
ガーさんはトマト農家での職を辞することなく働き続け、2023年6月にはベトナムで元気な赤ちゃんを産んだ。
出産のために一時帰国する際、気をつけるべきことがひとつあった。在留資格の更新をどのようにするか、という点だ。ガーさんが所持している特定技能は、2019年4月から導入された新しい在留資格だ。技能実習と同様に、原則として毎年更新する必要があるため、在留期間が満了する前に更新手続きをしてからベトナムに帰国しないと、日本に再入国するタイミングで切れてしまっている恐れがある。
しかし、ガーさんのように農業分野で働く人たちは、繁忙期となる現場を比較的短い期間で転々とする就労スタイルが基本であるため、数カ月先の就労先が定かではない。これに対して入管(地方出入国在留管理官署)が、就労先の決まっていない状態で、就労ビザの一種であるこの在留資格の更新を許可することは難しい……そんな落とし穴があったのだ。
ガーさんも例外ではなく、再び日本に戻ってきたら、今とは別のところで働くことになるのは、ほぼ確実だ。だが、その場所が未定であっても、給料の支払いなどを行うガーさんの雇用主は、派遣をしているS社ということになる。
そこに着目した私たちは、S社がガーさんの再入国時に新たな就労先、要は派遣先を確保することを入管に約束すれば、更新手続きが許可されるのではないかと考えた。そして、S社を通して入管に確認すると、更新は可能だということになり、ガーさんは在留資格を更新してから一時帰国できることになった。
特定技能制度は創設されてから日が浅いうえ、その間、実質的に国境が閉じてしまった長いコロナ禍にも晒された。S社のような派遣会社も、特定技能外国人を雇用する企業の支援を行う登録支援機関も、受け入れ企業も、おそらく入管も、ガーさんのような外国人労働者が妊娠し、出産後の復職を望んでいるという前例が少なかったため、対応のマニュアルがないのだ。