「ヤフトピ」やXのトレンドに
この日の早朝、中国新聞はこのスクープ記事をヤフーニュースに配信した。大手ネットメディアへの記事掲載は、朝刊や中国新聞デジタルの購読者だけではなく、多くの有権者に読んでもらえる絶好の機会となる。地方紙の存在感を高め、記者としてのやりがいにもつながる。
中でも期待するのは、主要記事が掲載されるヤフーニュースのトピックスに入ることだ。業界では「ヤフトピ」と呼ばれる。そこに入るかどうかは、記事のニュース性や面白さで判断される。
午前5時。前夜の取材の興奮で寝付きが悪かった中川は早々と目が覚めた。寝床ですぐにスマホでヤフーニュースを見たが、残念ながら記事はヤフトピに入っていなかった。
これほどのスクープをヤフー側が見逃すわけがない、と信じて待った。同じ頃、荒木も起きてスマホの画面を見つめていた。
ヤフトピに入れば記事が拡散されるのはもちろん、全国に伝える価値のある記事と認められたようで、率直にうれしい。ただ、それだけではない。全国各地の人からコメントが寄せられ、その反響を知ることで次の取材のヒントが得られることも多い。1票を投じる有権者が「裏金」の存在にどう思うのか、次の取材に何を求めているのか。それを一番知りたかった。
8時40分時すぎ、ヤフトピに載った。荒木はすぐに取材班へ伝えるため、チャットに書き込んだ。ヤフー上では、次々にコメントが寄せられていた。「さあ、今日も頑張ろう」。モチベーションは一層高まった。
X(旧ツイッター)でも「安倍政権中枢」「すがっち」がトレンド入り。「これ、とんでもないスクープじゃないか」などと高評価の投稿が続いた。作家や政治家も続々と投稿していた。
小説家の平野啓一郎(@hiranok)
〝これはスクープ。何故、この事実が握りつぶされていたのか。改めて自民党の責任が追及されるべき〟(2023年9月8日)
野党の国会議員からも投稿が相次いだ。
立憲民主党参院議員杉尾秀哉(@TeamSugioHideya)
〝これも忘れてはいけない、自民党の「政治とカネ」を巡る問題。本件について誰一人説明していない。このカネの元々の出所はどこだ?〟(2023年9月8日)
共産党参院議員山添拓(@pioneertaku84)
〝「総理2800 すがっち500 幹事長3300 甘利100」─甘利氏は認めたとも。政治とカネの問題が続く。自民党の責任で明らかにすべきだ〟(2023年9月8日)
ネット上では記事に反響するように、さまざまな投稿、コメントが湧き出ていた。どこから「裏金」を作り出したのか。検察は何をしているのか。自民党政権の重大な疑惑に国民の怒りが渦巻いていた。
中川は、次の取材のポイントが見えた気がした。
和多も興奮から夜明け前に目が覚め、ホテルのベッドの上でかつての上司の言葉を反芻していた。「血の滴るような特ダネを書いてみろ」。駆け出しに警察担当をしていた頃、こう教えられた。当時はその意味がよく分からなかったが、経験を積む中で自分なりに解釈していた。記事が取材相手の人生に影響を及ぼすことは多い。それは決して良い話だけではない。
書くことで相手を追い詰め、想定外の悲劇を生む場合もある。だからこそ、取材対象を記事で斬りつける時は、真正面から返り血を浴びる覚悟を持たないといけない。多分、元上司はそうした気概を持てと、出来の悪い「サツ回り」記者に伝えたかったのだろう。「血の滴るスクープを書け」と。
今回のスクープはどうだろうか。和多は手応えをつかめたようで、決定的な物足りなさも感じた。やはり克行本人に取材するしかない─。そう確信していた。