「すがっち」と呼ばれたことはあったのか?
記者の河野は近づいて名刺を出した。「中国新聞の河野です」。菅は歩き続けながら、表情を変えずに受け取った。河野は臆せず質問を繰り出した。
――河井案里氏側へ500万円を提供したというメモが押収されています。
「知らない」
――500万円を提供しましたか。
「そんなことあるわけがない」
――内閣官房の機密費からお金を出したということはないですか。
「ない」
―本当にないですか。
「ない、ない」
菅は淡々と答えると、去って行った。短いやりとりから、菅はおそらく中国新聞のスクープの内容を把握しているように感じた。
メモの存在を聞いた最初の質問にも戸惑うことなく、きっぱりと「知らない」と答えていた。
きっと何を聞かれても否定するつもりだったのだろうと感じた。否定はされたが、接触できただけでも大きな収穫だった。
すぐに取材班にチャットで報告し、新たに中川も加わってあらためて国会内で待機した。
取材班の他のメンバーから、検察からの聴取はあったかどうか、「すがっち」と呼ばれていたかどうかを確認するよう指示され、菅が国会から退出する際のチャンスを狙った。
それから1~2時間後、菅は国会内の廊下に姿を見せた。今度は秘書が随行していた。
中国新聞の記者が出待ちしていると考えたからだろう。ただ秘書は河野の質問を遮ることはなく、菅は歩きながら質問に答えた。
――検察からの聴取はなかったですか。
「そんなことはない」
――克行氏から「すがっち」と呼ばれたことはあったのですか。
「それは知らない」
そこまで答えると、菅は「歩きながら、話しかけるのをやめてください」と話し、去って行った。この取材の最初から最後まで表情を変えることはなかった。