一気に口が重くなった甘利

現場の記者たちが取材に駆け回っている間、デスクを務める荒木は国会記者会館の会議室で留守番をしていた。頻繁にチャットを見ては、各記者の取材の状況を見守っていたが、そこに書き込まれていた投稿を見て、目を疑った。

「甘利さん、100万円提供を認めました」

書き込んだのは河野だった。念のために確認のメッセージを送ると、甘利は本当に認めたという。この日の取材は二階、菅、甘利からコメントが取れたら御の字で、現金の提供は当然否定されるものと想定していただけに、信じられない気持ちだった。同時に、胸が高鳴った。

その後、荒木は広島の本社にいる高本ら編集局幹部に現状報告のメールを送った。二階、菅の2人にはまだ当たれていないものの、甘利が100万円の提供を認めたと報告した。「甘利さんから引き出せたのは大きい。メモの信ぴょう性を裏付けてくれる」「よくぞ甘利さんを落とした」とうれしいメールが返ってきた。

そして午後。今度は河野と中川の2人が自民党本部で予定されている会合に向かい、甘利を待ち受けた。甘利の写真を撮影し、チャンスがあれば、克行への提供を認めた100万円が買収資金だったかを再確認するのが狙いだった。

写真撮影はうまくいった。ただ、会合後に河野が国会内で甘利に再び直撃すると、口は一気に重くなっていた。言ってはならないことを言ってしまった、と察知したのだろうか。

――河井氏に提供したお金が買収に使われたという認識はありますか。

「おれに聞かれても分かんねえよ」

(画像)  自民党の会合に出席した甘利(2023年9月7日) 書籍『ばらまき 選挙と裏金』より
(画像)  自民党の会合に出席した甘利(2023年9月7日) 書籍『ばらまき 選挙と裏金』より
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今度は立ち止まることなく、そのほかの質問には全く答えず、去って行った。このやりとりをした後に、東京支社時代に聞いた甘利の言葉を思い出した。「お金の使い道は河井が勝手に決めた」。知らないことは知らないとやはり答えたのかもしれないと思った。

甘利への取材は想像をはるかに超える成果が得られ、取材班の士気は上がった。

その一方で、菅への直接取材はめどが全く立っていなかった。菅のスケジュールが分かっておらず、国会にいるのか、地元の神奈川県にいるのかも分かっていなかった。甘利の取材を終えてから国会内を回ってみたが、足取りはつかめなかった。

ばらまき 選挙と裏金
中国新聞「決別 金権政治」取材班
ばらまき 選挙と裏金
2024年8月21日発売
1,100円(税込)
文庫判/464ページ
ISBN: 978-4-08-744685-2

政治家夫妻が自ら現金を配って回った前代未聞の買収事件から発展し、政府・自民党の不透明なカネの問題に切り込んだ、渾身の調査報道!

「事件はまだ終わっていない」

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