今、目の前にある問題だって後回しにはできない…

「髪の毛のこと気にする前に、他にもっと気にしなきゃいけないことがあるでしょ?」

フォームにジェル、ヘアスプレー、ミスト…眠くて仕方がないはずなのに登校前の貴重な時間とさまざまな整髪料を使って髪の毛をセットしていた思春期のあの頃、親からよく言われたものだ。

数十年経って同じ言葉を妻から聞くとは思わなかった。ただし言われたのは早朝の洗面台の前ではなく、昼下がりの薬局のシャンプーコーナーでのこと。
 

薄毛が気になり始めた頃、まず思い浮かんだのはシャンプーを変えることだった。

それまであまり気にしていなかったけれど、男性用のシャンプーにこんなに種類があったとは。ボリュームアップ、頭皮の洗浄、栄養を与え髪質を改善する…などさまざまな謳い文句がある。値段もピンからキリまで。しかし自分の現状(毛髪の)を救ってくれるものがこの中にあるかもしれないと思うと真剣にならざるをえない。
 
今となっては、いい歳をしたオッサンが両手にシャンプーを持ち、眉間にシワを寄せてしゃがみ込んでいるのはあまり見栄えのいいものではなかっただろうなと思う。

冒頭の妻の言葉にも「見ていられない」という気分が漂っていた。

そしてその一言で僕はハッと我に…返りはしなかった。「それはそうだろうけど、でも…」心に浮かぶ言葉もあの頃と同じ。まったく成長していない。
 
他人にとっては些細なことでも当人にとっては大問題。悩みの多くはそういうものではないだろうか。

「他に大事なことがあるのはわかってるけど、今目の前にある問題だって後回しにはできないんだ!」一歩引いてみれば、第三者的視点で見れば、何年か時間が過ぎてから考えれば、絶対にそんなはずはないようなことでも、一度心がとらわれてしまうとどうにもならない。
 
とはいえ「まったく成長していない」と自嘲できたのは、最低限の成長かもしれない。

数十年前に母から言われた「他にもっと気にしなきゃいけないこと」とは、そんな時間があったら英単語の一つでも覚えろとか、遅刻しないように学校に行けとか、朝ごはんはよくかんでゆっくり食べろとか、つまり今の年齢でやるべきことにちゃんと向き合えということだったのだと思う。
 
では中年になった僕が「他にもっと気にしなきゃいけないこと」とはなんだろう。

心当たりがありすぎて、考え出して数秒で気が滅入ってきたけれど、ひとまずここ数年サボっていた市の健康診査の受診を予約することにした。加齢以外の薄毛の原因が見つかりませんように。

文/トリバタケハルノブ