田中角栄元総理の羊羹の分け方

この点、ケーキの分け方ではありませんが、田中角栄元総理の羊羹の分け方に関する有名なスピーチがあります。

「子供が十人おるから羊羹を均等に切る。そんな社会主義や共産主義みたいなバカなこと言わん。君、自由主義は別なんだよ。(羊羹を)チョンチョンと切ってね、一番ちっちゃい奴にね、一番デッカイ羊羹をやるわけ。そこが違う。分配のやり方が違うんだ。大きな奴には“少しぐらいガマンしろ”と言えるけどね、生まれて三、四歳のはおさまらんよ。そうでしょう。それが自由経済ッ」(小林吉弥著『田中角栄の人を動かすスピーチ術』講談社)

やや強引な物言いではありますが、分配(結果)の平等のために行動を抑制する社会主義・共産主義と、自由な活動から生まれる不均衡を人間の智慧で治める自由主義との比較は、なかなか秀逸です。

要するに、「次善の策」に対する許容度こそが人間の自由な活動を保障しているということなのでしょう。

「公平にケーキを切り分ける」ための法的思考とは? 田中角栄元総理に学ぶ、他人をうらやましいと思わずに済む分け方_2

さて、このケーキの分け方からはさらに、「法的思考」にとって重要なポイントが導かれます。

まず確認しなければならないのは、ここでの公平な分配とは正確に半分に分けることではなく、他人をうらやましいと思わずに済む分け方だということです。

仮に正確にケーキを半分に分ける機械があったとして、それで山田家のケーキを分けたならば、太郎と次郎は喧嘩せずに済むでしょうか。

例えば、太郎の考える真ん中の線が機械の選んだ真ん中の線よりも1ミリ右側で、次郎も太郎と同じ考えだとしたならば、たとえ正確な分け方ではないとしても、2人が真ん中だと信じている線で切り分けなければなりません。

正確さを重視して機械で切り分け、右側を太郎に、左側を次郎に与えた場合、太郎は自分の考える真ん中よりも1ミリ大きなケーキが当たったと感じ、逆に次郎は1ミリ小さなケーキしかもらえなかったと感じます。これでは、2人の喧嘩を避けることはできないでしょう。ここに「法的思考」の難しさと、醍醐味があるのです。

1972年9月、中国・北京で第1回首脳会談を行う
田中角栄首相と周恩来中国首相。(写真:時事)
1972年9月、中国・北京で第1回首脳会談を行う
田中角栄首相と周恩来中国首相。(写真:時事)
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写真/書籍『説得力を高めたい人の法的思考入門』より
イラスト/shutterstock

説得力を高めたい人のための法的思考入門 (PHP研究所)
野村修也
説得力を高めたい人のための法的思考入門 (PHP研究所)
2024/3/27
1,760円(税込)
208ページ
ISBN: 978-4569855387

DNA鑑定が間違える確率を0.0001%だとした場合、DNAが一致した容疑者は、99.9999%犯人と言えるか?

例えば「公平な分配」が問題になったときに、「ただ数値上正確に半分に分ける」のではなく、「他人をうらやましいと思わずに済む分け方」を追究するのが、法的思考の考え方。

さまざまな事例に柔軟に対応し、当事者を説得し、納得してもらえる良い結論を導くための構造化された知識(スキーマ)が「法的思考」。

国内外の事件や裁判から各種思考実験、シェイクスピア『ヴェニスの商人』、ドストエフスキー『罪と罰』まで、豊富な例を通じて具体的に考えながら学んでいきましょう。

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