誰のための本か
そのため、この本が真に想定している(であろう)読者はごくわずかだ。将来的に山熊田の住民になりえる者と山熊田の支援者になりえる者、現時点における山熊田の住民と山熊田に関連する人々。
田舎暮らしに興味を持ち、山熊田の住民になりえる読者に対して彼女は問う。あなたは、山熊田に何を差し出せるのか。限界集落だからといって、誰でも歓迎されるわけではないのである。
移住者の先達としてどこまで味方になれるのかも、彼女はあらかじめ示している。ひとつは狩猟。女性も参加できるが、熊巻き狩りだけは女人禁制。〈狩猟ガール〉に対しても、この点は譲歩できないと言明している【1】。一方、〈穢れ〉にまつわる村の習俗については〈「何を大切にしたいのか」の根幹を確保しつつ、身の丈に応じて調整すべき時期になったと思う〉と再考を訴える【1】。
本が描く四季は、夏から始まる。爽やかな夏ではない。約10トンもの丸太を薪にする重労働の夏だ。清流に潜っての鮎かきの章に続くのは、お盆前のもっとも暑い時期におこなう山焼き(焼畑農法)。田舎暮らしはのんびり、ではなく、休みらしい休みを諦めなければならないほどの体力勝負だと分かる。
秋になれば、焼畑で栽培した赤かぶを収穫して漬物をつくり、冬に向けての改修工事。〈トタンやポリカーボネートの波板で家の一階部分をぐるりと囲わなければ、これから始まる積雪の重みで、壁や柱、窓がやられてしまう。車は冬タイヤに履き替え、一冬分の薪を家の中や囲いの内側に積む(…)生きるための仕事に追われるのが晩秋だ〉【1】。
そして2メートルを超える雪が積もる冬には、冬の仕事が待つ。ようやっと春になると〈山も人も爆発だ。待ってはくれないゼンマイなどの山菜採りや田植えに追われる〉【1】。
山熊田の年間のルーティンが要求する身体的な負荷、そして集落を維持するための〈協働〉の詳細を隠すことなく、著者は記す【1】。