社内失業者たち

おまけに、日本の企業には、事実上、社内で仕事を見つけられない、いわゆる「社内失業者」が400万人もいるという。これは企業に雇用されている正社員の1割に相当する数らしい(『貧乏国ニッポン―ますます転落する国でどう生きるか』)。

社内失業者が多い最大の原因として、雇用の流動性が低いことが挙げられる。日本型雇用の3本の柱だった年功序列賃金、終身雇用制、企業別組合は、いずれも維持するのが困難になったが、人材が過剰となっているところから、人材が足りないところへの移動、つまり転職は欧米ほど活発にはなっていない。いまだに、「勤める会社をたびたび変わると、履歴書が汚れる」と思い込んでいる人もいるようだ。

そのせいか、最近は飲食業や建設業などで「空前の人手不足」といわれており、一部では「人手不足倒産」まで起きているにもかかわらず、そういう業種への人材の移動が必ずしも盛んに行われているわけではない。接客の現場に立ったり肉体労働に従事したりすることを忌避する心理が働くのかもしれないが、低い雇用流動性を示す徴候の一つのように見える。

このように雇用の流動性が低く、社内失業者が多いと、何としても今いる職場にしがみつくしかないという心境に傾きやすく、どうにかしてしがみつきたいと願うだろう。それがいいか、悪いかは別にして、辞めたら次がないのだから、そうするしかないと考えるのは、わからなくもない。

とくに、リストラの脅威をひしひしと感じている人ほど、同期を引きずりおろすことや邪魔者を蹴落とすことも、自分の椅子を守るためには仕方がないと正当化するはずだ。

たとえば、第1章事例11で紹介した不和の種をまく50代の男性社員、Aさんは、周囲の目には「働かないおじさん」のように映っており、社内失業者といっても過言ではない。それをAさん自身も薄々自覚しているからこそ、喪失不安にさいなまれ、「○○さんが~と言っていた」と吹聴して社内に波風を立てる常習犯になったとも考えられる。

その背景には、自分の部署で「最下位になりたくない」という願望も潜んでいるように見える。所属集団内で最下位になることを避けようとする傾向は誰にでもあるが、これは相対的な優位性を確保すると同時に自分の椅子を守るためであり、優越感と安心感を覚えて精神の安定を保とうとする自己防衛にほかならない。

根底にあるのは喪失不安。パワハラや迷惑行為を繰り返すビジネスパーソンが自己を正当化する「とんでもない」メンタル_3
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このような傾向は、自分が周囲から見下されているのではないかとか、集団から排除されるのではないかとかいう不安に比例して強くなる。だから、自分が崖っぷちにいると感じるほど、他の誰かを引きずりおろすような真似をしがちである。

リストラへの不安にさいなまれており、〝崖っぷち感〟が強そうなAさんは、最下位になりたくない一心で、不和の種をまくことを繰り返しているのではないだろうか。


写真/shutterstock

職場を腐らせる人たち(講談社現代新書)
片田珠美
職場を腐らせる人たち(講談社現代新書)
2024/3/21
990円(税込)
192ページ
ISBN: 978-4065351925

根性論を押し付ける、相手を見下す、責任転嫁、足を引っ張る、自己保身、人によって態度を変える……どの職場にも必ずいるかれらはいったい何を考えているのか?

これまで7000人以上を診察してきた著者は、最も多い悩みは職場の人間関係に関するものだという。

理屈が通じない、自覚がない……やっかいすぎる「職場を腐らせる人たち」とはどんな人なのか? 有効な対処法はあるのか? ベストセラー著者が、豊富な臨床例から明かす。

「長年にわたる臨床経験から痛感するのは、職場を腐らせる人が1人でもいると、その影響が職場全体に広がることである。腐ったミカンが箱に1つでも入っていると、他のミカンも腐っていくのと同じ現象だ。

その最大の原因として、精神分析で「攻撃者との同一視」と呼ばれるメカニズムが働くことが挙げられる。これは、自分の胸中に不安や恐怖、怒りや無力感などをかき立てた人物の攻撃を模倣して、屈辱的な体験を乗り越えようとする防衛メカニズムである。

このメカニズムは、さまざまな場面で働く。たとえば、子どもの頃に親から虐待を受け、「あんな親にはなりたくない」と思っていたのに、自分が親になると、自分が受けたのと同様の虐待をわが子に加える。学校でいじめられていた子どもが、自分より弱い相手に対して同様のいじめを繰り返す。こうして虐待やいじめが連鎖していく。

似たようなことは職場でも起こる。上司からパワハラを受けた社員が、昇進したとたん、部下や後輩に対して同様のパワハラを繰り返す。あるいは、お局様から陰湿な嫌がらせを受けた女性社員が、今度は女性の新入社員に同様の嫌がらせをする。

こうしたパワハラや嫌がらせの連鎖を目にするたびに、「自分がされて嫌だったのなら、同じことを他人にしなければいいのに」と私は思う。だが、残念ながら、そういう理屈は通用しないようだ。」ーー「はじめに」より

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