力餅家は御霊神社とともにあるといはいい過ぎだろうか
「権五郎力餅」は近所の「御霊神社」に由来する。江ノ電の線路沿いにひっそりと佇む神社だが、『最後から二番目の恋』というドラマの舞台になった頃から、週末には人だかりができるようになった。ここの祭神が権五郎鎌倉景政。力餅家のホームページによれば、景政は武勇をとどろかせた若武者で、それに感激した武士たちが手玉石と袂石を使って力比べをした。その力石に添えた餅を参列者に分け与えたことから「権五郎の力餅」と名付けられたそうだ。
現在の店主で九代目。昔は砂糖が貴重品で、甘さはありがたかったから今よりもっと甘かった。先々世代の頃に甘さは抑えめになったという。変わらないために、水面下で微調整が行われているのだ。
御霊神社には、九月十八日の「面掛行列」というお祭りがある。別名、はらみっと祭。その名の通り、天狗やひょっとこ、カラスや獅子頭などのお面を被った人たちが行列して歩くというもの。九番目のおかめが孕み女で最後は産婆。お祭りといっても、屋台などは出ず、昼間の小一時間の短いものだ。由来には諸説あるが、源頼朝が出入りの者の娘を妊娠させたため、お詫びに年に一度の無礼講を許したのが始まりともいわれている。夏と秋の狭間にある季節に行われる面掛行列を見ると、遠い遠い昔の鎌倉にほんの少しだけ触れた気がする。
力餅家は名物の「権五郎力餅」のほかに、この面掛行列の面を象った福面饅頭という人気商品もある。子供の頃はこれを口に入れるのが怖かった。祟られたらどうしようなどと思いながら、それでも食べていた。八月の終わりから面掛行列の前まではみたらし団子も販売される。控えめな甘辛味のごく普通のお団子。余計な味が一切しない、昔ながらの素朴な味わいだ。もう少し長く販売して欲しい気もするが、面掛行列の準備は始まる頃には終了となる。力餅家は御霊神社とともにあるといはいい過ぎだろうか。
バラック小屋の店舗といい、力強い文字の大きな暖簾といい、なんといっても「力餅家」という店名といい、それこそ力んだ感じがしそうなものだけれど、この店の個性はさりげなさだと思う。その源はやはり創業以来の製法を守った、シンプルで素朴な味わいにある。気軽な鎌倉土産やちょっとした差し入れに使うことも多い。
昭和四十年頃に鎌倉駅前に出店があったが、それは数年で閉められた。それ以外、ポップアップなどを含めて、他の場所で売られたことはない。ネット販売もないから、この小さなバラック小屋に足を運ぶしかないのである。お渡しする時にそんなことをいちいち伝えるわけではないけれど、鎌倉の積み重なった時間をお届けするような気分になる。
力餅は当日中が消費期限なので、お渡しする相手の都合が気になるが、餅の部分に求肥を使ったものなら三日間だ。求肥は白玉粉に砂糖を混ぜたもの。こちらは一つずつ包装されているので、好きな個数だけ買えるのが便利だ。
そして、隠れた名品だと思うのは赤飯。わざとらしいところがまったくなくて、素材の味が溶け合っているというか。赤飯の正解を体験した気がする。やはり餅米がいいのだろう。毎朝ほんの少量だけ販売されるので、早めに行かないとたいてい売り切れていることが多い。見つけた時は幸運な気分になる。
百年後も三百年後も坂ノ下のバラック小屋で営業していて欲しい店だ。その頃、私はいないけれども。
写真・文/甘糟りり子