半導体に食品添加物、消火器もの必要なリン

農林水産業以外の用途にも、下水道由来のリンを柔軟に使うべき。こう主張するのが、汚泥処理のエキスパートの株丹直樹さん。水処理やゴミ処理のプラントメーカーである株式会社タクマ(兵庫県尼崎市)の環境本部長付参事を務める。

「下水汚泥を燃やした焼却炉の灰には、リンが濃縮しています。我々は焼却炉のメーカーなので、灰からリンを回収できないかと考えています」

写真はイメージです(写真/Shutterstock)
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同社は、回収したリンの用途として、必ずしも肥料にこだわらないという。

「入ったものが出ていくということで考えると、『合流式』と呼ばれる、黎明期に作られた雨水と生活排水の両方が流入する下水道だと、土壌によっては重金属が流入してきます。最終的に化学処理をして取り除く場合は別ですけど、それをいくら焼いたところで、灰を肥料として撒く場合には重金属の問題が生じてくる。その点がネックかなとは思います」

農産物は最終的に人の口に入るため、下水処理に携わる側から「肥料の品質の確保等に関する法律(肥料法)」に定める重金属の基準を緩める要望はしづらいという。

肥料化を検討している札幌市がまさに、この問題に悩まされている。同市では鉱山や、ヒ素を含む温泉水が影響し、自然に由来するヒ素を含む土壌が広く分布している。そのため、下水汚泥にもヒ素が含まれやすい。肥料にするには、安全性の確保とヒ素を除去する費用が足を引っ張る。

「二一世紀の石油」半導体に必須

リンの主たる原料はリン鉱石だ。日本はその全量を輸入している。株丹さんは言う。

「下水から回収されたリンの8割は肥料に利用されていますけど、残り2割は工業利用されています。半導体の表面を加工するのに使うエッチング剤にも、リンが必要なんですよ。リンは非常に大事なものなので、リンの回収はこの国のためになるのではないでしょうか」

半導体はパソコンやスマートフォン、自動車、ロボットなど、さまざまなデジタル機器に使われる電子部品だ。その重要性から「二一世紀の石油」とか「産業のコメ」と言われる。

写真はイメージです(写真/Shutterstock)
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日本は1980年代、世界の半導体産業を牽引していたが、今はアメリカや韓国、台湾の後塵を拝している。そこで、経済産業省が中心になって、半導体産業の再興に注力している。

次世代型の半導体の開発を目指す「ラピダス」を官製ファンドが支援したり、世界最大の半導体の受託生産メーカーで台湾に本社を置く「TSMC」を熊本県に誘致したりしてきた。

そもそもの話として、リンが足りなくなったら、経産省が掲げる半導体産業の再興は、叶わぬ夢になる。

リンは、食品添加物や歯磨き粉、消火器にも使われる。リンの輸入元として日本が頼っているのが中国だ。

「中国は、リン鉱石を戦略的鉱物資源に指定しています。台湾有事とか、何かあった場合に肥料の輸入が止まることもさることながら、食品添加物や半導体のリンも止まっちゃう。工業用途のリンを確保することは、非常に重要なんです」(株丹さん)