コロナ専門家同士の間でも深まった溝

第6波の流行に対し、一方は、岸田文雄政権が打ち出した強い対策(まん延防止等重点措置)を拡大・延長する政府方針を了とする専門家。他方には、方針に反対を表明した専門家がいた。

前者が尾身茂・新型コロナウイルス感染症対策分科会長を筆頭にした感染症専門家であり、後者が大竹文雄・大阪大学大学院教授のほか医療の専門家にも同調者がいた。両者の緊迫したやりとりを、『奔流』10章から引用する。

尾身茂会長 写真/共同通信
尾身茂会長 写真/共同通信

〈大竹は[2022年・以下同]1月25日から3月4日まで5回にわたって反対を表明したと記したが、2月18日までは、ほとんどメディアでは取り上げられなかった。
背景の1つは、5回のうち当初の3回目までは、反対意見があったことについて分科会長の尾身茂が会議後の会見で言及しなかったことがある。
4度目にあたる2月18日の分科会の後の会見では「2人の委員が反対した」と明らかにした。ただ、その日は過去の反対意見を表明した分科会の議事録がようやく公開される日と重なっていた。この日、反対した2人の属性を聞かれた尾身は、「感染症の専門家ではない」と言い、つづく3月4日の会見でも「カテゴリーは医療の専門家ではない」と述べた〉

大竹氏以外のもう1人は、医療社会学の専門家。いわば文系の学者だ。

〈黙っていてもいずれ議事録が公開されて反対があったことは明らかになる。だが、取りまとめ役の尾身にとって構成員の間の意見の食い違いをメディアに対立図式で煽り立てられるのは悩ましい面がある。一方、尾身は政府方針を多数で了承した側、いわば“与党的立場”だ。

この構図の中で「(反対者は)感染症の専門家ではない」という尾身の発言は、「感染症の専門家」と「それ以外の専門家」を色分けし、前者が反対したわけではない、だから「問題はない」と押し通すようにも聞こえるものだ。

尾身はのちの私の取材に「そうした意図はまったくなかった」と否定したが、少なくともこの時点ではこうした状況は大竹を刺激した。

大竹は、2月半ばからブログで意見を発信し始め、これがSNSで次々と拡散された。さらに5回目の反対意見を述べた3月4日の分科会では事前にA4判3枚の意見紙を提出した。提出資料に文章として理由を記すことで、自分の発言内容の説明を尾身に委ねない、という意思表示にも見受けられた〉

専門家の間でも、考え方に深い溝が生じていた。

感染症の専門家は季節性インフルエンザよりも致死率はコロナのほうが微妙に高いことを明らかにしていた。「ウイルスがより毒性が高くなる変異が生じることもある」「医療逼迫のリスクはいまだに高い」という指摘も出ていた。