多くの人は無理をする
人と仲良くなるには無理しない方がいいのに多くの人は無理をする。
無理している人は迎合して悩んでいる。
無理している人は愛を求めている。
無理している人は頑張っているつもりであるが、自分自身であることから逃げている。
自分の心の葛藤に直面することから逃げている。
愛は無理のない生き方をしているときに、静かに訪れるものである。
無理のない生き方とは、決して迎合しない生き方である。自分の今を信じる生き方である。一日を大事に送る生き方である。
人と親しくなっていく過程でどうしても必要なことが二つある。
一つは自己開示である。
もう一つは自分が自分を知ることである。自己認識である。自己認識とは自己執着の反対の気持ちである。
自己開示といっても、まず自分が本当の自分の感情を知っていなければならない。
理想の自我像を実現して好かれようと無理する人はどうしても視点が限られてくる。多面的視点で物事を解釈できない。
目的が、自分自身が人から「気に入られ認められること」であるから、視点が限られてくるのは当たり前のことである。
相手から見るとこのことがどう感じられるかという視点がない。
視点は常に、他者から見た自分ではなく「自分がどうしたら気に入られるか?」という自己執着の視点だけである。自分を離れた相手からの視点というのが全くない。
無理な迎合は、後で「隠された怒り」という反動が来る。
迎合しなくてもいいのに無理をする。それは昔そうした方法が親との関係で成功しているからである。
日常生活で何かに行き詰まったときに、大切なことは「昔成功した方法に今も頼っていないか?」という反省である。これは人間関係で心にとめておくべきことである。
人は相手の無意識に反応する。
隠された怒りで、自分が自分をコントロールできなくなっている。