日本的精神に共感できる谷村の世界観

谷村新司の音楽は、独特の世界観を持っている。

大陸的なスケールの曲想と、日本人の精神に則った、美しい日本語による歌詞が特徴で、それはソロ作品や、他の歌手への楽曲提供で顕著だった。

ソロ作品『昴-すばる-』、加山雄三との共作『サライ』、山口百恵に提供した『いい日旅立ち』といった楽曲は、文語体の歌詞やスケールの大きなメロディー、ネオジャパネスクとも捉えられるテイストを放ちながら、極めて日本人の精神に寄り添うナンバーであった。

『サライ』(ファンハウス)は、1992年11月に加山雄三と連名で発売された日本テレビ系「24時間テレビ『愛は地球を救う』」のテーマソング。サライはペルシャ語で「家」などを意味し、楽曲のテーマのひとつである「心のふるさと」とも結びつけている
『サライ』(ファンハウス)は、1992年11月に加山雄三と連名で発売された日本テレビ系「24時間テレビ『愛は地球を救う』」のテーマソング。サライはペルシャ語で「家」などを意味し、楽曲のテーマのひとつである「心のふるさと」とも結びつけている
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一方でアリス時代の『帰らざる日々』やソロでのヒット曲『三都物語』などのメランコリックな曲調もまた日本人の琴線に触れるものだった。

ニューミュージック隆盛の立役者の1人であり、アリスではロック的な作品を歌いつつ、ソロではシャンソンやラテン音楽の影響を受けながら、しだいに日本的な作風へと回帰していった。

谷村の楽曲が長い年月を経て人々に愛される理由は、いつの時代もリスナーが歌詞に己を見出すことのできる日本的精神や、メロディアスな楽曲に共感を抱けるからである。

坂本龍一と谷村新司。その音楽性はまったく異なるものでありながら、共に、オリエンタルでエキゾチックなアプローチを試み、多くの日本人が共感できる言葉やメロディーをもって、80年代以降の新しい日本のスタンダードを生み出してきた。

アーティストの訃報を聞くたびに、我々の心に深く染み込んだ彼らの音楽を懐かしく思い出し、振り返ると同時に、もう彼らの新しい楽曲が聴けない悲しみも同時に押し寄せてくる。

だが、アーティストは世を去っても、その音楽は永遠に心の中で響き続ける。
 
文/馬飼野元宏