松田聖子の“特徴的な歌唱法”はなぜ魅力的なのか
聖子さんは、自分の明るい声がいちばん明るく聴こえる歌い方を、みずから意識的にしていたと思います。彼女の歌唱法のなかでも、とくに特徴的なのは語尾の音をひっくりかえす技法、いわゆる〝しゃくり〟です。
彼女以前の女性ボーカルのなかにも、同様のしゃくりを用いていた人はいるかもしれません。キャンディーズの「年下の男の子」(75年)にも、それはところどころで使われています。女性ボーカルがギリギリの高音を歌うときの、音がひっくりかえりそうになる魅力というのは、もちろん70年代以前の曲にもありました。
でも聖子さんは、そのしゃくりを〝聖子節〟として積極的に活用しました。彼女の歌真似をする人は、みんな必ずしゃくりを用いますよね。
彼女のしゃくりがもっとも顕著なのは「瞳はダイアモンド」です。
ユーミンが呉田軽穂の名義で作曲した曲ですが、聖子さんに提供した数々の曲のなかで、ユーミン自身がいちばん気に入っているのがこの曲だと聞きました。聖子さん側のオーダーとは関係なく、自分の書きたいように書いた曲で、分数コードを多用したシティ・ポップ調のバラード曲に仕上がっています。
アレンジを手がけているのは松任谷正隆さん。Aメロの後半に当たるフレーズを頭で使っているのが斬新です。普通はそんな使い方はしませんから。
聖子さんの歌は音程が少しシャープ気味です。ところどころ実際の音符より高めの音程で歌っています。だから余計に明るく聴こえるのかもしれません。
サビの部分に注目してください。
〈瞳はダイアモンド〉と歌う、〈瞳は〉の語尾の音がひっくりかえりますよね。サビのメロディーは三度くりかえされますが、最後の三回目では〈Ah 泣かないで MEMORIES/私はもっと 強いはずよ〉の〈Ah〉〈私〉〈強い〉もひっくりかえります。
同じくユーミンがこの前年に作曲したバラード曲「赤いスイートピー」と比べると、その違いは明らかです。「赤いスイートピー」の聖子さんは、しゃくりを用いることなく、かなりまっすぐに歌っています。
一方、「瞳はダイアモンド」ではサビの部分にしゃくりを用いることで、タイトルでもある〈瞳はダイアモンド〉のワードが強調され、より印象深く聴こえます。
80年代のアイドルは多忙なスケジュールを縫うようにしてレコーディングをしていました。一時間の空きができると、スタジオに来て、パッと歌入れをして、次の仕事に移動するんです。当然、何テイクも収録することはできません。
そのような厳しい条件のもとで、これだけクオリティーの高いパフォーマンスを残せるのだから、聖子さんの歌唱力がいかに高かったかがわかります。