オーケストラの演奏をなくし、自らのギター1本だけで歌い始めた

「音楽こそ世界を結ぶ大きな絆」というテーマを持って開催された『第6回世界歌謡祭』は、日本武道館で11月14日と15日の2日間行われ、32ヵ国から46曲が参加してライブによる熱戦が繰り広げられた。

ここでも『時代』は、メキシコから参加したミスター・ロコの『ラッキー・マン』と並んで見事グランプリを受賞した。

中島みゆきはこの時、グランプリ受賞後のパフォーマンスをする際に、オーケストラの指揮者に何やら耳打ちをした。すると本選にはあったオーケストラの演奏は奏でられることはなく、自らのギター1本だけで『時代』を歌い始めたのだ。

それは新人歌手にすれば前代未聞の行為だった。だが、武道館という大きな会場の舞台の上で弾き語りだけで歌える才能と、それにふさわしいスケールが大きな楽曲が誕生したことを意味していた。

『時代 -ライヴ2010~11- (東京国際フォーラムAより)』。中島みゆき公式チャンネルより

そこには自分を発掘してくれた恩人、ポプコンの創設者であり、ヤマハ音楽振興会の理事長・川上源一へのお礼の気持ちが込められていたという。

川上は全国から寄せられた応募曲を聴いて、自ら優れた曲をチェックするなど、当時の商業主義とは異なる新しい音楽の発展に注力しようとした。さらにアマチュアから本物の才能を見出して、ヤマハ音楽振興会が世界に通用するように育てていく方針を掲げた。

ポプコンの人気がピークに達していた1975年。川上は応募曲の中から『時代』という作品に耳を留めた。恋人同士の恋愛を描いた作品が主流だったその時代に、『時代』という歌の新鮮さはひときわ輝いて聴こえたのだ。

そのスケール感のある歌をつくった才能に驚いた川上は、中島を呼んでこう激励した。

「あなたはすごい詞を書く。将来、詞で勝負するようなアーティストに育って欲しい。できれば大音量をバックにするよりも、ギター1本で歌った方が、あなたの詞が人々に伝わる」

そんな言葉の支えもあって、中島は最後にギター1本で歌ったのである。

以来、中島みゆきは自らのアルバムのスタッフクレジットに、必ず「DAD 川上源一」という文字を記載している。DAD は"父親"、あるいは敬意を込めて"師父"という意味がある。