ふたりが生きた痕跡は跡形もなく消え去る

どんな暴力映画よりも絶望的な“老い”と“死”を追体験させる一作。鬼才ギャスパー・ノエが提示した、ホラーよりも恐ろしい現実_4
© 2021 RECTANGLE PRODUCTIONS – GOODFELLAS – LES CINEMAS DE LA ZONE - KNM – ARTEMIS PRODUCTIONS – SRAB FILMS – LES FILMS VELVET – KALLOUCHE CINEMA 

こうして観客は、老いと死にあらがいつつも、なすすべなく死んでいくルイと、生き続けることへの意思も目的も失ったエルの姿を目撃することになる。誇りをもってプロとして仕事を成し、夫婦として人生を共有してきた彼らの生きてきた証も、亡くなってしまえば何も残らない。

ふたりの死後、アパートにあった家具や思い出の品々は業者によって次々と運び出される。おそらくルイが大切にしていた『メトロポリス』や『女は女である』のポスターなども、その価値もわからない誰かによってゴミとして捨てられるのだろう。

部屋の荷物がしだいに片付けられ、がらんどうの部屋に戻るまでをスチール写真のモンタージュで示したラストは、ワールドプレミア上映されたカンヌ国際映画祭で、すすり泣く声が多数聞かれたという。

どんな暴力映画よりも絶望的な“老い”と“死”を追体験させる一作。鬼才ギャスパー・ノエが提示した、ホラーよりも恐ろしい現実_5
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ギャスパー・ノエが冷徹な目で示したのは、人が生きた痕跡は跡形もなく消え去っていくという、恐ろしく残酷でもあるが、至極まっとうな事実にほかならない。

老いと死は、すべての人間が経験していく普遍的な出来事であり、誰もあらがうことはできない。そのことを淡々と疑似体験させる『VORTEX ヴォルテックス』は、どんなホラー映画よりも恐ろしく、どんな暴力映画よりも絶望的だ。


文/谷川建司

『VORTEX ヴォルテックス』(2021)VORTEX 上映時間:2時間28分/フランス

どんな暴力映画よりも絶望的な“老い”と“死”を追体験させる一作。鬼才ギャスパー・ノエが提示した、ホラーよりも恐ろしい現実_6


映画評論家である夫(ダリオ・アルジェント)と、元精神科医で認知症を患う妻(フランソワーズ・ルブラン)。離れて暮らす息子(アレックス・ルッツ)は ふたりを心配しながらも、家を訪れるたびに金を無心する。心臓に持病を抱える夫は、日に日に重くなる妻の認知症に悩まされ、やがて日常生活に支障をきたすようになる。そして、ふたりに人生最期のときが近づいていた……。

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12月8日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国公開中

提供:キングレコード、シンカ 配給:シンカ

公式サイト:https://synca.jp/vortex-movie/