老いや死に抗う老映画評論家
『VORTEX ヴォルテックス』の最大の話題は、夫のルイ役を、『サスペリア』(1977)などで知られるイタリアホラー映画の巨匠ダリオ・アルジェント監督が演じていることだろう。長年の友人であるギャスパーのラブコールに応えて、齢80にして初めて俳優に挑戦した。ドキュメンタリー・タッチの本作で、演技はほぼ即興だという。
ルイの職業は映画評論家で、原稿の執筆にはタイプライターを叩き、スマホではなくふたつ折りの携帯にこだわっている。物事を変えたがらない、年寄りにありがちな頑なさが見て取れる。数年前に心臓の大手術をしたにもかかわらず、かつての愛人に「まだ愛してる」と電話をするなど、老いにあらがい、生を燃やすことに執着を示している。
家の中にはフリッツ・ラング監督の『メトロポリス』(1926)や、ジャン=リュック・ゴダール監督の『女は女である』(1961)などの映画ポスターが飾られており、“映画と夢”についての新著を執筆中という設定だ。
生き続けることを拒絶する妻
フランソワーズ・ルブラン演じる妻エルは、元精神科医。ふたりはいわばキャリア・カップルだったのだが、彼女は近頃、自分が何をしているのか、ときおりわからなくなってしまう。そんな自分のことを、「もはや生きていても意味がない」と考えるようになる。
やがてルイは心臓発作を起こして自宅で倒れるが、エルは救急車を呼ぶことすら思い浮かばず、かろうじて息子に電話するものの、ルイは呆気なく死んでしまう。夫が死んだことがわかっているのかすら判然としないエルは、もはや生き続ける意味を見いだせない。