生きることは、ドラマティックじゃないことの連続
――小林さんは阪本順治監督作品に初出演、余さんは3度目の出演となりますね。
小林 監督とはこれまでプライベートで2度ほどお酒を飲んだことがあるのですが、お仕事をご一緒したことはありませんでした。嫌われているんだなーって思っていたくらい(笑)。だから初出演できてうれしかったですよ。本当に、素直に。
ただ、脚本を通して読んだときに、主人公の淳はもちろん、僕らが演じた両親も含めてみんなが八方塞がりで出口が見つけられないんですよね。最後までアップグレードできないまま。それが映画的にどうなんだろうって思って、一抹の不安を覚えたんです。ところが試写を見たときにそれまでとは違う気持ちになりまして。自分が違う人生を歩んでいたら、淳のようになっていたかもしれない。むしろ、淳は僕だったんじないか?って思えたんです。そんな思いになるとは想像していなかった。まあ、脚本を読み解く力がなかったということなんですが(笑)。
余 監督とは『傷だらけの天使』(1997)、『新・仁義なき戦い。』(2000)でご一緒していますが、作品のテイストと同じように、当時は監督もなんだか怖かったんです。でも今回はものすごく現場でお話ができました。完全オリジナル脚本ですが、監督は独身で子供もいないのに、夫婦や子供のことをよく書けるなと思いましたね。人のことをよく見ているなーって。
――息子や妻に対して何も言わない臆病な夫と、そんな夫に不満を抱えながらも逃れられない妻。夫婦の諦めや不思議な連帯感が画面からにじみ出てくるようでした。
余 夫婦って、あまりしゃべらないのよね。普通。子供とだって、今起きていることしかしゃべらないじゃないですか。過去にどんなことがあったとか、そういうことをじっくり話し合うどころじゃない。それでも、映画としては彼らの過去をわからせなければいけないですからね。その描き方は“監督、よくわかってる“って思いました。
小林 会話にテーマみたいなものがあったら大抵ケンカになるもんね。息子のことについてだって、夫婦で気持ちのずれがあるからわかりあうことには限界がある。そういう意味では、夫婦って大事な話題を避けたり、遠ざけたりするものなんですよね。
余 映画で飛び交う台詞にも、あまり意味はないんです。料理に「小エビが入っている」とか、「これは刻んだ普通のエビ」だとか、ただただ状況をしゃべっている。それがなんだか生々しかったです。感情を吐露したり、何かを訴えたりするわけではない会話の連続が、この作品の魅力だと思いましたね。
あとは今回、役名に名字があってよかった。よく“謎の女“とか名前のない役を演じることも多いので、渡口道子(とぐち・みちこ)っていう名前、結構気に入ったんです。名前があると演じる上でイメージが湧きやすいですし。小林さんは渡口カズヨシでしょ?
小林 義一(よしかず)ね。
余 あはは! そうでした。でも女って日常にドラマがないのが嫌って感覚、あるじゃないですか。変わり映えのしない生活の中で、息子が家業を継ぐわけでもなく、いずれ仕事が立ち行かなくなることがわかっている……。船が停まっている港にある小さな事務所の佇まいを見て、“つまんない“と不満を溜めている妻の気持ちがわかるなと思いました。生きることは、ドラマティックじゃないことの連続なんですよね。
小林 あの夫婦だって、若かりし頃は燃え上がってよく語り合った、ドラマティックな日々があったはずなのにね。
余 想像するとね(笑)。
小林 いつの間にかそこから抜け出せなくなっている。この映画を見終わったら、そんな簡単に答えは見つかんないよなって。人と人の間にあるわだかまりは、そう簡単にほぐれてこないよなって、思いました。
――息子から「何か言ってくれよ」と乞われながらも、何も言ってあげられない父の姿も印象的でした。
小林 息子からしたら、苛立つでしょうね(笑)。
余 でも淳と不良仲間とのラストシーンがあるじゃないですか。私は、淳なりに頑張って生きていこうとしているんだって解釈したんです。生きることに執着しているから。人によっては最悪な人生を選んだなって思うかもしれないけど、見え方は人それぞれだと感じました。
小林 こういう映画の成立のさせ方もあるんだな、って思いますよね。僕が最初に考えていたように、簡単に出口が提示されるような展開だったら安っぽい映画になっていたはず。妙に感動しました。
――息子を演じた伊藤健太郎さんとの共演はいかがでしたか?
余 すぐに家族のようになって、おじさんやおばさんのつまんない話も「うん、うん」って聞いてくれました(笑)。若い俳優さんだと、控室にいづらいこともあると思うんです。でも彼は何の違和感もなく、息子としていてくれました。すごく距離感が近かったですね。
小林 一度、石橋蓮司さんと伊武雅刀さんと僕、笠松伴助くんと伊藤くんの5人で、小料理屋で食事会をしたんです。蓮司さんは80歳だし、伊武さんも僕も70代。笠松くんだって50代だから、思わずその場で「おもしろい?」って聞いたんです。そしたら「すげーおもしろいです」って(笑)。僕が伊藤くんの年頃だったらそう思えなかっただろうな。まあ、リップサービスだったかもしれないけど、あのメンバーが揃う景色は、今後簡単に見られるものじゃないだろうなとも思いました。
余 私も仲間に入りたかったな。撮影中も、乗組員を演じたおじさんたちを集めてガット船の前で写真を撮ってもらったんです。私にとってもスペシャルなメンバーだったし、思い出の写真になりました。