中学受験期に失ってはいけない大切なひとつが家族関係
――『中受離婚』では、離婚や破綻している3組の夫婦・家族を描いていますが、実は子ども自体は、志望する学校に合格したケースであることも特徴のひとつだと思います。ただ、一般的には合格しなかったほうが破綻してしまうケースが多そうな気もするのですが?
「はい。実際、メインのストーリーにはしませんでしたが、取材の中でも第一希望に合格せず夫婦関係が破綻したケースも複数ありました。たとえば、母親が願う第一志望に受かっていない事例では、子どもが努力してせっかく合格したのに、合格に対する喜び方が夫婦や親子で違うというか、喜ぶどころか中学に入って数年経っても第一志望校に合格しなかった子どもを否定してしまうんですね。そこで決定的に夫婦の溝が生まれてしまっていました。僕の印象でも、子ども自身は合格した学校に納得しているのに、夫婦のどちらかがその合格に納得していないみたいなケースは多いと思います。
本当に全落ちのような形で夫婦が破綻するとしたら、『それはおまえのやり方が悪かったから』とか『だから、中学受験なんてしなくていいって言ったじゃないか、こいつには向いてなかったんだ』みたいな形で、中学受験を主導していたパートナーを、もう一方が責める形が多いでしょうね」
――これまでも多くの中学受験家族や夫婦を取材された経験があると思います。その中で今作みたいに、夫婦だけの問題にフォーカスして取材したことはあったのですか? そもそも“中学受験期の夫婦問題”をメインテーマにしようと思ったのは?
「僕が中学受験を描くにあたってのスタンスはずっと変わりません。
中学受験の中でどう戦えるかではなく、子どもの人生、あるいは、家族の人生の中に、子どもの中学受験をどう位置づけるかという視点です。せっかくいい学校に入ったとしても、何か大事なものを別のところで失っていることはない受験にしましょうというスタンスです。
そのスタンスでいえば、失ってはいけない大事なものの一つに、家族関係もありました。これまで夫婦問題だけをメインに取材することはなかったと思いますが、自分の知人や取材などで、中学受験期の夫婦関係の問題や悩みの話を聞くことは多かった。いい学校には入ったけれど、家族関係がうまくいかなくなった、離婚までは行かずとも、もう夫婦関係は破綻した……いう話は当たり前のように聞いていたんです。
だから、中学受験の第一志望合格にとらわれて、子どもの心身の健康を失っちゃいけない、親子の信頼関係を失っちゃいけない。だから『ルポ塾歴社会』や『ルポ教育虐待』のような本を書いて警鐘を鳴らしてきたつもりです。同じく、中学受験によって失う可能性がある一つとして、夫婦関係を損なわないようにしようというメッセージも込めて、今回は夫婦関係にフォーカスしてみようと思ったんです。
最初は、そういうロジックで企画と取材をスタートしました。そうしたら、『こういう形なら別に離婚もありじゃないか』という結論になって。本当に、もともとそんな結論にする気はなかったので、まさに夫婦ってなんなんだろうというところを改めて考察する本になったんです」
――夫婦が成長する、子育てをしていくときに、いろんなタイミングで問われる夫婦の関係性、超えなきゃいけない壁のひとつが中学受験期にあることがよくわかりました。サブタイトルや本の中にも、「中学受験クライシス」という言葉が出てきます。
「“中学受験クライシス”というのは、中学受験のタイミングに夫婦に訪れる危機のことですけど、子どもを持つ夫婦には、きっと“産後クライシス”があり、そのあとにも人によっては“お受験クライシス”や、今回のような“中学受験クライシス”があります。
その危機を回避できたとしても、“思春期クライシス”、あるいは“リストラクライシス”“転職クライシス”“定年退職クライシス”“介護クライシス”と、人生の節目において、夫婦とはなにかを問われるタイミングは必ず起こるものです」
――本の中では、そんな「中学受験クライシス」を経験した夫婦が語る、「根っこの違い」「それぞれのスタンダードに引っ張られる」という言葉も印象的でした。
中学受験でいえば、夫婦それぞれの“学歴や受験歴”、“学歴に対する考え方”、“親きょうだいの学歴”、“家庭環境と家族観”、“仕事の考え方や進め方”、“お金の考え方”など、これまではそこまで重要としてなかった、あるいは見ないようにしていた夫婦間のスタンダードの違いが「中学受験クライシス」の主な原因であると思いました。
「中学受験が夫婦の間で話題になり始めるとまず、学歴的なものにどれだけの重きを置くかっていうところのズレに気づくかもしれません。でも、受験勉強の取り組み方にも、放任に近い形なのか、手取り足取り伴走していく形なのかなどすごく幅があるので、むしろそこの夫婦間のスタンスのズレのほうが結構大きな問題になると思います。中学受験では、志望校合格を目標にして頑張るわけですけど、その目標に対しての頑張らせ方のスタンスに、夫婦間のズレを感じることがあるということですね。
これは勉強だけじゃなくスポーツなどでも同じだと思うんですけど、結果が最重要で、何が何でも勝つために手段を選ばない人もいれば、自分のできる範囲で精いっぱい頑張って大会に挑戦することが大事という人もいる。本でも書きましたが、夫婦それぞれが、前者のような結果からの“逆算型”なのか、後者のような“積み上げ型”なのか。そこに夫婦のズレがあると、すごく価値観が違うように思えてくるのでしょう」
――お互いがお互いのことをこんなにもわからない、という大きな価値観のズレが出てくるんですね。
「また中学受験においては、“子どもの頑張り方”にもいろいろ違いがあるんです。
大人から見てわかりやすく頑張ってくれる子もいれば、なにも考えてなくやる気がないように見えながら、心の中ではすごいプレッシャーを感じている子もいる。本当にいろいろなタイプがいます。
そうした子どものタイプに加えて、両親それぞれのタイプがあるわけです。多くの場合、父と母の2人いるから、3人がそれぞれバラバラだったりもするでしょうし、うち2人が近いこともある。そうすると残る1人が疎外感を持ったり、自分が間違っているんじゃないかという思いになる。単に学歴に対してどれだけ求めているかだけじゃなくて、そういう“努力の仕方”にも、また夫婦、親子間で差があるんですよね」