吹奏楽との出会いが、娘と自分の人生を大きく変えた

指揮台の上でぴたっと静止していた女性教員がひょいとタクトを振り上げると、ド迫力の演奏が体育館を震わせた。
「うわぁ〜おなかの中まで音が響く!」
ピカピカに磨かれたトランペットやホルンやトロンボーンがずらりと並ぶさまは壮観で、新入生たちはざわめきながら、入学式に登場した吹奏楽部のお兄さんやお姉さんを憧れのまなざしで見ていた。娘のマユミも吹奏楽部に一目惚れし、四年生になったら絶対に入部する!と言って目を輝かせた。
たまたま地元の小学校に吹奏楽部があった。四年生から参加できる。町田市立の小学校だが、名物的な指導者がおり、ときには東京都で上位入賞することもあるほどの強豪として知られている。
音楽に関しては、幼稚園のころにピアノ教室に通わせてみたものの、自分自身の仕事との両立が難しく、半年ちょっとでやめさせてしまったうしろめたさが赤堀茜にはある。公立の小学校の部活として音楽をさせてあげられるなら、送り迎えも必要ないし、親が教えることもないし、放課後の学童代わりにもなるし、何よりお金がかからない。願ったり叶ったりだ。
さすがは強豪校。四年生で入部を果たすと、まず練習の多さに驚いた。放課後はほぼ毎日練習漬け。週末は大会に出場したり、他校の演奏を聴きに行ったりする機会も多い。大会前は朝練もある。拘束時間の長さからすれば、中学受験塾よりハードである。指導も厳しく、四年生の一年間で、およそ半分がやめてしまう。その意味では、地元の少年サッカーよりもよほど体育会系だ。
とても引っ込み思案なマユミである。茜は不安だった。そんなに厳しい部活なら、ときにしっかりと自己主張することも必要だろう。そんなことができるのか。たとえばやりたい楽器をちゃんと言えるだろうか。
マユミは当初、ピッコロからチューバまで大小さまざまな楽器を触らせてもらったが、結局はトロンボーンの担当になった。どうやって決めたのかはよくわからない。楽器にあっている性格みたいなものがあるのだろうか。
「トロンボーンは、すごく目立つんだって!」
まるで自分が主役を獲得したかのように本人は大喜びの様子である。
最初は音を出すことすら難しかったらしいが、家ではYouTubeの映像なども見ながら、イメージトレーニングをしていた。仕事から帰ってくると、ほぼ毎日、吹奏楽の話を延々と聞かされた。自分自身はこんなに何かに熱中したことはなかったなぁ。わが子が何かに夢中になっている姿を見るのは、親としては嬉しい。マユミがきらきらと輝いて見えた。
しかし、吹奏楽との出会いが、マユミのみならず、自分自身の人生まで大きく変えることになるとは、このときの茜にはもちろん知る由もなかった。

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