あなたにとって良い経験になる…にモヤモヤ
以前、私と同じく講師業をしている知人女性Iさんから、観察力について考えさせられるエピソードを聞いたことがありました。
内容をざっくりと説明すると、その女性Iさんは、10年以上の研修講師歴があり、一度、講師を担当すると、数々の企業からリピートで仕事を依頼されるほど評価され、多くの実績のある方です。
そんなIさんに、ビジネススキルに関連する非営利団体の担当者を名乗る方から、通常の研修報酬の10分の1ほどの条件で、講演の依頼のメールが届きました。ちなみに、Iさんがその団体と関わるのは初めてであり、非営利団体ではあるものの講演会の参加者は数千円の参加費を払うという趣旨だったそうです。
彼女が受け取ったメールにこんな一文がありました。
「今回の講演は、Iさんにとって、良い経験にもなるかと思います」
結局、Iさんのスケジュールが合わず、丁重に断ったそうですが、彼女はモヤモヤとした気持ちを私に話してくれました。
その非営利団体が主催する講演会で参加者に参加費を請求していたり、その参加費の用途が不明確だったことも、すっきりとした気持ちになれなかった理由の一つだったと言います。
なによりIさんがモヤモヤとした理由は、メールからあからさまに伝わる違和感でした。
まず、初めて仕事を依頼するメールだというのに、団体の紹介や、なぜIさんを選んだのかさえ書かれておらず、「お世話になっております」(まだ『お世話』になっていないのに)から始まる、一般的な定型文からなる、わずか数行ほどの軽い文章で講演の依頼をしてきたことです。
初めての相手に対する依頼のメールでは、正確な情報で自分を名乗り、熱意と礼節をバランス良く文章や内容に組み込むことは、対人関係における基本です。そうした基本を省いたり、惜しむことは、準備が杜撰で、面倒がっていることが明らかで、相手から信用される可能性を低くしてしまうだけなのです。
では、どう言い換えればいいのか
そして、その基本からかけ離れている内容として着目したいのは「Iさんにとって、良い経験にもなるかと思います」という文章です。
これでは、書き手が上から目線で、傲慢な人だという印象を与えかねません。
実際にどのような経験にしても、講師として自発的にいろいろなことを吸収したほうがいいでしょうし、ましてやIさんのような謙虚な方でしたら、会ったこともない相手から、わざわざ言われる必要もなく、常に積極的な姿勢で現場に臨むはずです。
ちなみに「あなたにとって、これは良い経験になりますよ」と相手に伝えるのは、立場や年齢に関係なく、余計なお世話であるという認識も必要です。
また、たとえ受け手と信頼関係があったり、必要な情報を与えられる専門家であっても、「良い経験になるかもしれませんね」と表現を柔らかくしたほうが押し付けがましくない印象が残ります。
今回のケースでは、互いに信頼関係がまったくない中で、あたかもIさんに「チャンスを与えてあげている」と受け取られてしまうような、上から目線の印象を与えてしまっていたことが残念でなりません。
もし「薄謝となってしまい、誠に恐縮ではございますが、ぜひとも、ご経験豊富なI先生に講演について検討していただけましたら幸いです。お忙しいところ、大変恐れ入りますが、ご返信をよろしく、お願いいたします」というような問い合わせ内容であれば、その後のやり取りは、確実に変わっていったはずです。
また、受講料の用途(会場運営費など)も明らかにできれば、なお説得力が上がります。
誰かに何かお願いするときには、「自分が相手の立場だったらどう思うだろう」「相手に失礼ではないだろうか」「どのような言葉であれば敬意が伝わるだろう」などと、自分への問いかけができれば、違和感を感じさせる無礼だと思われるような一言を回避することができるのです。