江戸時代にすでにあった「せかい」という言葉。そこに込めた意味とは?(阪本)

──きくが父親を失い、自身の声も失い、思ってもみなかった痛みを抱えながらも、自分の世界を広げていく物語ですが、『おきくのせかい』ではなく、『せかいのおきく』とした意図は?

幕末×恋愛×ウンコの異種格闘技が冴える異色の時代劇。『せかいのおきく』を阪本順治監督と寛一郎さんにきく_27
黒船来航を機に武家社会が崩れつつある社会の荒波に、 おきく自身もさらされることに。
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阪本監督が『せかいのおきく』のタイトルの「せかい」に込めた意図を象徴する場面。 解説は野暮なので、劇場でぜひご確認を!

阪本 短編の時からもう、タイトルは『せかいのおきく』だったんですよ。中次が雪の降る中、どぶ板をたたいて、空に弧を描いて、ジェスチャーで自分の思いをおきくに伝える場面がありますが、それは言葉にすると、世界で1番好きだっていうことを、手振りでやる。世界で1番好きだっていうことが『せかいのおきく』になった。それが短編の時に考えていたこと。

でも、長編にした時は、金原さんが言うように、おきくが自分の世界観を広げていく、その取っかかりをつかんだときに終わるっていう話ですよね。調べると、江戸時代には、世界っていう言葉も、宇宙っていう言葉も、青春って言葉もあったらしい。ただ、口語までには広まっていない。漢詩から来た言葉で、土着的、庶民的な人間にはまだ聞かされていない言葉だけど、国が変わろうとしていること、何か変わっていこうとする世界におきく、中次、矢亮がそれぞれ3人が3人とも、その気配に気づき始める物語なんですよね。

それで、短編の時の「せかいで一番好き」のせかいだけでなく、大きな意味での世界を指し示すうえで、浩市くんが演じるおきくの父親に、厠から出てきたとき、中次に「世界って言葉を知ってるか?」って台詞を付け加えて、ダブルの意味を加えたんです。

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汲み取りに来た中次に、おきくの父、源兵衛は「世界」という概念を教える。

寛一郎 さっきも言ったように、世界というのは、地球っていうことなのか、その人のここ(胸を叩きながら)の世界なのかで、とらえ方は変わってきますよね。話が重複しますが、身分が違えば、見ている世界も違うし、その世界観も違う。ただ、中次としては、おきくがいたことによって、自分の世界が開けていく。

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小さな長屋暮らしから感じ取ったおきくの「せかい」とは? 皆さんも一緒に考えてみてください。

阪本 やっぱり、コロナ禍での制作であったことも関係していると思うな。脚本を書いているとき、テレビから流れる報道は全てパンデミックとディストピアだったから。コロナ禍じゃない時期に書いていたら、世界という言葉は使ってなかったかもしれないと思いますよね。

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黒木さんの前半と後半のおきくの様変わりも、この映画のみどころ。

──ここ数年ずっと閉じていた中に置かれていたので、『せかいのおきく』を見て、おそらくこの先、おきくと中次、矢亮が出会う新しい時代への広がりを感じました。阪本監督はハードボイルドな作品が多く、ロマンチストなものは苦手だと話されますけど、以前、藤山直美さんのために書き下ろされた戯曲「空想万年サーカス団」を見た時もそうでしたが、10年に一回は猛烈にロマンチックな世界を出してきますよね。

阪本 いや、俺はかねてからずっと言っているんだけど、恋愛は描くもんじゃなくて、するものだから。

──オチがついたところで、今日はこの辺りで。

映画『せかいのおきく』

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鎖国か、開国か、400年続いた徳川幕府が揺らぎだした安政5年、22歳のおきくは、武家育ちでありながら、ある事情から今は貧乏長屋で父と暮らす。彼女は雨宿りをきっかけに、下肥え買いの矢亮と中次と言葉を交わすようになり、密かに中次への恋心を抱いていたが……。武家社会に起きている粛清と弾圧、父の死、自身の失声と不幸が続く中、おきくが見出した世界と、その光とは? 全編墨絵のような美しいモノクロ映像を通し、幕末を懸命に生きる若者たちの青春劇。また、当時の循環型社会を細かくリサーチした生活ぶりがユニークな視点で描かれる。プロデューサーを務める美術監督の原田満生が「地球環境を守るために考えたい課題を映画で考えよう」と立ち上げた「YOIHI PROJECT」の初回作品。第52回ロッテルダム国際映画祭ビッグスクリーンコンペティション部門ノミネート作品。

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脚本・監督:阪本順治

出演:黒木華 寛一郎 池松壮亮 眞木蔵人 佐藤浩市 石橋蓮司

製作:近藤純代 企画・プロデューサー:原田満生 音楽:安川午朗 音楽プロデューサー:津島玄一 撮影:笠松則通 照明:杉本崇 録音:志満順一 美術:原田満生 美術プロデューサー:堀明元紀 装飾:極並浩史 小道具:井上充 編集:早野亮 VFX:西尾健太郎 衣装:大塚満 床山・メイク:山下みどり 結髪:松浦真理 マリン統括ディレクター:中村勝 助監督:小野寺昭洋 ラインプロデューサー:松田憲一良 バイオエコノミー監修:藤島義之 五十嵐圭日子 製作:FANTASIA Inc./YOIHI PROJECT 制作プロダクション:ACCA
配給:東京テアトル/U-NEXT/リトルモア ©2023 FANTASIA

★4月28日(金)よりテアトル新宿他、全国にてロードショー公開。

映画『せかいのおきく』公式サイト

撮影/菅原有希子

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