ボクシングで食える人を増やしたい

BOXING CLUBは2023年4月現在、社員21名にアルバイト24名。社員は全員がフルタイム勤務で、ボクシング一本で生活している。これも他のボクシングジムではほとんどあり得ない雇用規模だ。

「待遇も最低賃金を出しておけばいいという考え方は一切捨てて、『俺だったらこの給料なら頑張れるな』と自分事として考えて、最大限アップするように適宜見直しています。

自分だけでなく、裾野拡大のためにはボクシング一本で食べていける人をもっと増やしたい。トレーナー業が社会的にずっと片手間の副業では意味がない。やる気のある人は昇給はもちろん、独立したい人がいたらマーケティングや人材マネジメントや交渉術など、何でもオープンに教えてきました。求人応募にも『独立の夢が持てます』と記載し、実際にこれまで4人が独立してジムを開業しています」

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スタッフのなかには独立志望のトレーナーもいて、運営のいろはも尋ねられれば惜しみなく教える。

創業後、今岡会長にボクシングジム経営について教えてほしいと、起業志望者が両手では足りないほど多くたずねてきたという。ほとんどが初対面だが、事業計画書の作り方から運営で大切なことまで、無償で教えてきた。

「自分も創業前に色々な先輩方にアドバイスをもらった恩があるので、今度は自分が次の世代につなげるのが当然の役割」

従業員にはトレーナー業務だけでなく、経験や希望に応じて店舗マネージメントも任せる。そのための研修もみっちり行う。

「営業マン時代は新人研修の担当を務めていたので、今でも営業理論やセールストーク研修を毎週土曜日にZoomで実施しています。店舗での新人研修では、技術指導以前に接客をはじめサービス業の基本を何度もロールプレイングして覚えてもらいます。スタッフに対しては元チャンピオンであろうがスパーリング大会しか出たことがない経験者であろうが、そこは分け隔てなく指導します」

一般会員さんの応対はミット持ちだけではない。準備体操の段階から積極的にトレーナーの方から挨拶するように心掛け、自然なコミュニケーションを図る。

しかし一般会員が長く定着するために大切にしていることは、別にもあるという。

「フィットネスボクシングなど『なるべく楽しく運動する』ことだけを重視した時期もありましたが、それだけではモチベーションが続かない。我々は技術者集団として、会員さんのやる気を尊重して、『ガードが下がってますよ』『今がチャンスですよ』とか、気持ちを込めてボクシング技術やメンタルを教えることを大切にしています。とくにメンタルの作り方はビジネスに通じる部分もあって、別にプロ選手じゃなくても、ボクシングの本質的なところで理解してもらえることがあるんですよ。そんなときは本当に嬉しいですね」

現在はお互いにパンチを当てるスパーリングは危険がともなうので行わない。しかし、フォームなどを競うマスボクシング大会を定期的に実施している。今岡氏は、「ボクシングは実践してみることで観戦も楽しくなる」と話す。

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マスボクシング大会の入賞者にはトロフィー授与や、専用カードを作って勝利ごとにポイントが貯まるアプリも開発している
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「ボクシングジムといえば『憧れのプロ選手みたいに強くなりたい』という夢があります。しかし一方で、ストレス解消や健康目的をキッカケにして、ジムに入会される方が現在沢山いらっしゃいます。そのようなニーズに対し、老若男女問わずより多くの人へ、都会のど真ん中でもできる手軽なスポーツとして、日々の生活の中に取り入れてもえれば嬉しい限りです。

またその競技の楽しさや奥深さを実際に体感することで、自ずと選手へのリスペクトが増し、その結果ボクシングファンの増加につながるのではと考えています。ボクシングあっての我々です。長年育てていただいたプロボクシング業界に対し、私流のやり方で少しでも恩返しできたら、今はそれが最高の幸せです」

取材・文/田中雅大 撮影/寺島佑(fort)

#1 「汚い・臭い・暗い・怖い」というボクシングジムのイメージを覆した元ボクシング王者の緻密なジム経営。年下の上司から呼び捨てにされながら下積み、借金2000万円で開業するが数日経っても入会者は来ず、「もうダメか」と思ったそのとき… はこちら