その約1ヶ月後(2月28日開催の翌々回の超党派ヒアリング)に筆者が自ら問題対応の進捗を官僚に質問したところ、2月3日と同じく国税庁はゼロ回答。相変わらず一般国民からの指摘に対しては迅速に対応しないことが改めて鮮明になった。
*該当シーンは33分40秒から。外部配信サイト等で動画を再生できない場合は筆者のYoutubeチャンネル「犬飼淳」 で視聴可能
さらに、本件の対応について筆者が国税庁に開示請求した結果、国税庁は未だに問題を理解すらしていない(もしくは理解できないフリをしている)ことが3月22日に開示された行政文書から明らかになった。
*開示請求の詳細は筆者のtheletter「【独自】インボイス個人情報漏洩を放置する国税庁の見解」(2023年3月26日)参照
日本俳優連合が懸念する「本名バレ」「ストーカー被害」
2月3日の回には日本俳優連合(以降、「日俳連」と記載)の池水通洋専務理事(アニメ「うる星やつら」や「機動警察パトレイバー」などに出演する声優・俳優)もヒアリングに参加。芸名で活動する俳優や声優には熱狂的なファンが多いため、インボイス登録による本名バレ・居場所バレで深刻なストーカー被害が懸念されること等を説明した。
*訴えの詳細は、昨年12月14日に日俳連が連名(西田敏行 理事長、池水通洋 専務理事)で発表した「声明 インボイス制度施行に関する、行政の連携不足の是正を訴える」参照
さらに、当日は日俳連事務局員の小林氏が実務担当者の視点でも問題点を指摘した。これ以降は、彼の証言と協力に基づいて、芸名で活動する声優・俳優の個人情報がインボイスでどのように漏洩するのかを具体的に紹介していきたい。
まず、日俳連は映像作品(外国映画の日本語吹替、アニメの声出演、映画などのカラオケ背景映像への転用など)の出演者に二次使用料の分配業務を行なっている。従って、「売り手」にあたる声優・俳優は、「買い手」である日俳連に対してインボイスを発行する必要が生じる。
例えば以下のような俳優がいると仮定して、具体的に何が起きるのかを考えてみよう。
・芸名は「タロー」、本名は「鈴木太郎」
・本名は非公開。日俳連事務局にも本名は知らせていない
・インボイス発行事業者には登録済み。必須項目の本名は登録したが、任意項目の屋号(=芸名)や事務所所在地は本名バレや居場所バレを心配して登録していない
・13桁のインボイス登録番号は「T1810000011111」を取得
*小林氏に確認したところ、日俳連の二次使用料 分配対象である約24,000人の俳優・声優で本名を把握しているのは70%(=約16,800人)。この70%の中で、本名と芸名が異なる者は実に63%にのぼる。となると計算上は日俳連が本名を把握していない残り30%(=約7,200人)にも、本名と芸名が異なる者が4536人(=7200人×63%)程度いると見込まれる。
*2023年2月末時点でこの登録番号の取得者がいないことは確認済み。本記事では架空の番号として扱う
この俳優からインボイスを受け取った日俳連事務局は、インボイスの有効性を確認するため13桁の登録番号をキーに公表サイトで検索することになるが、現行の制度設計では以下の情報しか得られない。
出典:公表サイト検索結果 イメージ(実際の画面をもとに架空の登録番号と氏名を加工済み)
事務局は本名を知らないのだから、この13桁の登録番号(T1810000011111)の持ち主が、自らが取引する俳優の「タロー」と同一人物なのか確かめる術は無い。従って、事務局は本来は任意項目である屋号(=芸名)や事務所所在地(=個人事業主は自宅住所を兼ねる場合が大半)の追加登録を俳優に求めざるを得ない。
先ほどの試算に基づけば、インボイス導入後はこのような追加作業が4536人分も発生するのだから、日俳連事務局がパンクすることは目に見えている。さらに言えば、ペンネームの漫画家と取引する出版社、本名非公開のYouTuber・VTuberと取引する企業なども同じ課題に直面するだろう。
*この流れの詳細は、昨年9月10日に集英社オンラインで公開した記事「氏名も住所も全世界に公開! インボイス制度導入で「あの漫画家の本名がバレる」は、やはり本当だった」参照
ちなみに、個人事業主が公表サイトで公開する情報の必須と任意の区分は以下の通り。
<主な必須項目>
本名、13桁の登録番号、登録年月日
<主な任意項目>
屋号、事務所所在地、旧姓
出典:国税庁Q&A「問 20 適格請求書発行事業者の情報は、どのような方法で公表されますか。【令和4年4月改訂】」
この区分に従って、個人情報漏洩の問題が指摘されると国税庁は「屋号や事務所所在地は『任意項目』なので、希望した者しか公開していない」という主張を繰り返している。しかし、芸名で取引している者には「事実上の必須項目」になっているのが実態だ。