名人にもショックを与える「最強棋士・藤井聡太」
編集部から「藤井聡太が将棋界のすべてのタイトルを制覇する可能性を探れ」とのお題を与えられた。とはいえ、これまで7回のタイトル戦に出場して全勝を成し遂げている「最強棋士」に対して、「可能性は薄い」などとネガティブなことを書く者がいるだろうか。
いま、私は藤井のことを「最強棋士」と記した。あっさり書いたようだが、将棋記者としてはなかなか勇気がいることである。私は将棋界で恒常的に仕事をしており、盛り上がっている時だけにふらりと訪れるライターではない。将棋記者にとって、棋士の格付けは非常に繊細な問題なのだ。
だが藤井が史上最年少の五冠に輝いた2022年の王将戦七番勝負を見て、私は躊躇しなくなった。四冠の藤井と三冠の渡辺明の顔合わせは、竜王と名人の激突でもあった。この最高峰の決戦で、藤井は4連勝というストレート勝利を果たしたのだ。
終局直後に対局室に足を踏み入れると、かつて経験したことのない重苦しい空気に包まれていた。フラッシュインタビューで、あの頭脳明晰で歯切れのいい発言を常とする渡辺が言葉に詰まり、15秒の沈黙が2回もあった。1勝もできなかったことにそれだけ衝撃を受けていたのだ。棋界の頂点を決する戦いを制し、藤井は誰もが認める最強棋士となった。